著者: たかはしゆうじ( @jyouj__ )
はるか昔、中華を統一した秦の始皇帝は徐福にある命令を与えました。
「不老不死の仙薬を持ってこい」
その後、徐福は中華大陸からはるか東にあると言われる伝説の地、蓬莱を目指したとされています。このように、不老不死は長い人類史の中で永遠とも呼べる悲願でした。中国だけでなく、各地で不老不死を求めた人物のエピソードは無数に存在します。
一方で、同時に古来から不老不死は禁忌とみなされ、忌避されてきました。不老不死の存在を人ならざる怪物とし、創作物では恐怖の対象として描いています。ヨーロッパではヴァンパイアやフランケンシュタインが登場しています。
現代ではどうでしょうか?医療技術の進歩などにより、「人生100年時代」と謳われるようになりました。始皇帝の時代から考えたら、たいへんな長寿を得ています。しかし、それでもまだ不老不死は達成できていません。
#01. 不老不死への飽くなき探求
我々はいまだに不老不死を探求しています。”少しでも長く生きたい“、”少しでも若くいたい“、と。その願いがあるかぎり、人類は宿縁から逃れることはできないのでしょう。
ただし、現在では不老不死を探求するプレイヤーが変わっています。時の権力者から企業へと。そして、出自不詳の伝説ではなく科学的根拠に基づいて取り組んでいます。
おそらく現在最も有名なプロジェクトが“Calico“によるものでしょう。2013年にGoogleによって設立された研究開発企業です。老化および癌などの老化に伴う疾患に抗う製品を提供することを目的としています。
免疫システム、ゲノム技術、大学などの機関と提携した研究、Google由来の機械学習アルゴリズム、新たな顕微鏡の使用などによって極めて科学的にアプローチをはかっています。そこに所属する科学者も世界的権威ばかりです。Calico所属の研究者Cynthia Kenyon博士は2021年度のディクソン賞を受賞しました。
彼女の研究では、老化の過程がランダムに起こるものではなく、遺伝子発現の調節によって起こるものであると示しました。この研究により、ホルモンのシグナル伝達システムが人間を含む多くの生物の老化に影響を与えているという発見につながりました。また、彼女の研究チームは老化に影響を与えるさまざまな遺伝子や異なる組織が連携して老化の進度を制御していること、個々の神経細胞や生殖細胞が寿命を制御していることを発見しました。
他にもAmazonの創業者ジェフ・ベゾスやピーター・ティール、オラクル創業者ラリー・エリソンなども”不老不死”を目指しアンチエイジング技術などに取り組むスタートアップに投資しています。
もしかしたら、始皇帝の夢は2000年以上ものときを経て、実現するのかもしれません。
#02. 異色のLongevity Fund
そんな”不老不死”を目指すプレイヤーが群雄割拠する世界で一際、注目を浴びている存在がいます。Laura Demingという若き天才です。彼女は14歳でMITに入学し、しばらくして退学しました。ピーター・ティール・フェローシップに参加するためです。
その後、彼女は”不老不死”を目指す企業への投資に特化したVCである“Longevity Fund”を17歳で設立します。”Longevity”とは長寿という英単語です。彼女が関心を向ける長寿への研究分野は以下のものです。
- カロリー制限
- インスリンのシグナル伝達システムとの関連
- Parabiosis法(例: 老いたマウスが若いマウスの血によって若返った)
- 老化細胞の排除
- オートファジー
- 視床下部との関連
- 生殖システム
- ミトコンドリアの影響
- サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子とも呼ばれる)
Longevity Fundは2011年に設立され、2017年に2号ファンドを組成したニッチなファンドにも関わらず、IPOを5社出しています。投資ステージはプレシードからシリーズBまで、一社あたり10万ドルから100万ドル出しているようです。
彼女のファンドのポートフォリオからいくつかをピックアップして見ていきましょう。
ALX Oncology
“ALX Oncology“はアメリカのカリフォルニア州に拠点を置くバイオ企業です。2020年にIPOしました。
マクロファージ上のSIRPαとがん細胞上のCD47が結合すると、がん細胞は貪食回避シグナルを発し、マクロファージによる貪食から逃れることが知られています(ミクスOnlineより引用)。ALX OncologyはCD47のチェックポイントを阻害する”ALX148″という薬を開発しています。これによって、すでに広く使われている抗がん剤の免疫活性化を併用し、新たな治療法を確立できると期待されています。
Loyal(旧: Celevity)
“Loyal“はもともと、”Celevity”という社名だったアメリカ拠点の企業です。Celine Haliouaという女性がCEOです。それ以前には、彼女はオックスフォード大学で博士号を取得しており、Longevity Fundにも関わっています。
Loyalは犬の老化防止に取り組んでいます。現在、製品の正式な販売には至っていませんが、2021年度中には臨床試験に入るようです。”LOY-001″は大型犬などに見られる老化を早める細胞メカニズムを標的とした製品です。大型犬は一般にチワワなどの小型犬より寿命が短く、その格差の原因とされているメカニズムをターゲットとする予防治療として同社は大きく期待されています。
Decibel Therapeutics
“Decibel Therapeutics“はアメリカのボストンに拠点を置く企業です。2021年にIPOしました。
同社は聴覚障害と平衡障害の治療に取り組んでいる企業です。主力製品の”DB-OTO”は生まれつき重度の難聴者にオトフェルリン遺伝子の変異によって、聴力を与えるため開発されています。また、”DB-ATO”は後天性の聴覚および平衡障害の人に、内耳の細胞の回復・再生によって聴覚と平衡感覚を取り戻すことを目指した治療プログラムとなっています。
Unity Biotechnology
“Unity Biotechnology“はアメリカで設立されたバイオ企業です。2018年にIPOしました。
主に老化細胞を標的とする製品を開発しています。例えば、”UBX1325″は強力なBcl-xlの阻害薬で、加齢性ガン疾患の治療薬として大きな評価を得ています。他にも変形性関節症や認知障害、神経疾患など老化細胞が関わっているとされる病気の治療を行う薬の開発や臨床試験を行なっています。
ギリシャ神話の世界では、医学を極めたアスクレピオスはついに死者を甦らせる技術を習得します。まさに不死を達成しました。しかし、それによって世界の秩序が壊れるとして、冥界の王ハデスは怒り、アスクレピオスはゼウスによって殺されてしまいました。
今また、人類は神の領域に踏み入ろうとしています。果たして、不老不死は達成するのか。はたまた、違う結末を迎えるのでしょうか。
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