執筆者:鳥海俊輔
こんにちは、3月より新しくインターンとなりました。鳥海俊輔です!!
法務業務はかつて、限られた専門家だけが担える特権的な領域でした。高度な法的知識を持つ弁護士や法務アドバイザーが複雑な課題に対応しなければなならず、たくさんの時間と費用を必要としました。しかし、近年のテクノロジーの飛躍的な進化が、この伝統的な構図を劇的に変えつつあります。
特に、AIの法務市場への参入は、業界全体にこれまでにないパラダイムシフトをもたらしています。かつては、数百時間を要するようなリサーチ業務や、細心の注意を払う必要がある契約書レビューも、今ではAIによってが数分で完了することが可能になりました。
このような法務業務をサポートするAIプラットフォームを提供しているスタートアップの中で大手法律事務所向けとしては、HarveyがSequoia Capitalなど複数の投資家から3億ドルの大型調達をして注目を集めておりますが、今回は中小法律事務所向けのスタートアップを紹介します。
市場環境について
現在、中小法律事務所は、近年のデジタル化や法務業務の複雑化や担当する分野の汎用性も高くなっていることにより、「業務負担の増大」「リソース不足」「競争の激化」といった課題に直面しています。大企業や大手法律事務所はAIや自動化ツールを活用して業務効率を向上させていますが、中小法律事務所では、「コスト」「技術導入のハードル」「人手不足」といった要因により、これまで十分なデジタル活用が進んでいませんでした。
中小企業をターゲットにすると、大企業に比べて市場が小さく成功しにくいと感じるかもしれませんが、実はそうではありません。単価を下げ、中小企業や個人が利用しやすいサービスを提供することで、潜在的なニーズを掘り起こし、市場規模そのものを拡大できるケースがよくあります。以下はその一例です。
例1:EC(電子商取引)
かつてEC(電子商取引)は大手企業や特定の技術を持つ業者に限られていましたが、Shopifyやメルカリなどのプラットフォームの登場により、個人や中小企業でも簡単にオンラインショップを開設できるようになりました。これにより、低価格でビジネスを始められる環境が整い、D2C(Direct to Consumer)モデルやCtoCの市場が急成長しました。
例2:ウェブ広告(Google・Facebook広告)
かつて広告市場は予算の大きな企業中心のものだったが、Google広告やFacebook広告が低予算でも出稿できる仕組みを導入したことで、中小企業や個人が参入し、市場そのものが大幅に拡大しました。
このように、サービスの価格を抑え、中小企業や個人をターゲットとすることで、潜在的なニーズが顕在化し、むしろ市場そのものが大きく拡大することは少なくありません。
では本題に戻りまして、今回はそんな中小法律事務所向けに法務業務をサポートするAIプラットフォームを提供するスタートアップ企業 Paxton を紹介します!
「生成AI起業のヒント」では、ANOBAKAが注目している海外の生成AIスタートアップを取り上げて、生成AIの活用方法を分析・解説していきます。
生成AI領域で起業を考えられている方にとって事業のヒントとなれば幸いです。
Paxtonの事業内容
企業情報

- 会社名:Paxton
- 本社所在地:アメリカ合衆国カリフォルニア州
- 最新の調達ラウンド:シリーズA
- 資金調達総額:2,800万ドル
- 主な株主:Unusual Ventures, Kyber Knight, Wisconsin Valley Ventures
- 公式ホームページ:https://www.paxton.ai/
主な機能
Paxtonは、アメリカのスタートアップ企業で法律事務所向けに特化したAIプラットフォームを提供しています。同社は、法律業務の効率化と精度向上を目的としており、主に主要機能としては4つあります。
- 包括的な文書分析
:ドキュメントのアップロードと分析を容易にし、迅速な意思決定と取引の迅速化を支援する。 - クイックスタートドラフティング
:AIを活用して、あらゆる法的文書の初稿を迅速に作成する。 - コンテキストリサーチ
:広範な知識データベースにアクセスし、関連する判例法や規制を特定し、カスタマイズされた法的洞察を迅速に提供する。 - 思考パートナーシップ
:AIが法務専門家の「思考パートナー」として機能し、複雑な法的課題に対する洞察を提供したり、アイデアを整理したりするサポートを行います。
これらの機能により、法律専門家一人あたり週最大20時間の作業の短縮ができ、より高い精度と効率で業務を遂行できるようサポートしています。このようにこのテクノロジーは法律専門家に取って代わるものではなく、より効率的に働き、顧客により多くの成果をもたらすことを可能にします。
監査検証済みのセキュリティ対策
また他にもこのようなAIなどを使うとき問題になってくるのは情報の管理です。しかし、Paxtonは、ISO 27001およびSOC 2の基準に準拠したセキュリティフレームワークを導入し、データの安全性とプライバシーをしっかりと保護しています。データの送信中や保存中には、先進的な暗号化技術を活用して、不正なアクセスや情報漏えいを防止しています。
また、四半期ごとのアクセスレビューを実施し、必要最低限の人だけが機密データにアクセスできるように管理しています。さらに、ソフトウェア開発の各段階でセキュリティのベストプラクティスを取り入れ、システムの堅牢性と回復力を高めています。

競合優位性(特にHarveyとの比較)
Paxtonの一番の競合として挙げられるのは、同じく法律業務の効率化と精度向上を目的としているHarveyです。ここでは、2つを比較して、Paxtonの競争優位性についてまとめてみたいと思います。
Harveyの基本情報

Harveyは法律業界向けに特化した生成AIプラットフォームを提供している企業であり、契約分析、デューデリジェンス、訴訟、規制遵守などの業務を支援します。Harveyは現在シリーズDの段階にあり、Open AIからも支援も受けており、法律業界向けのAIプラットフォームとしての地位をさらに強化しています。
明確で手頃な価格設定
Paxton は、年間契約で月額159ドルというシンプルで手頃な価格を提供しています。また、無料トライアルも利用可能です。一方、Harveyは価格を公開しておりませんが、月額数千ドルが目安とされています。また、通常は長期契約が必要です。Paxton は透明性により、導入時のハードルが低く、コスト面での安心感も提供します。
ではなぜコストを安く提供することができるのでしょうか?
これは私の考えも含みますがサービスの内容を汎用性な機能に絞り込みその同一のシステムを多数の顧客に提供することで、開発とメンテナンスのコストを抑えているから。目先の利益だけを見ているのではなく価格を安くすることで顧客を増やし顧客単価は低いとしても全体で見ると大きな利益を生み出していこうとしているから。などが理由と考えられます。
幅広い法的リサーチ対応力
Paxton は、全50州および連邦政府の法律や規制を網羅しており、包括的な法的リサーチが可能です。これにより、ユーザーはあらゆる法的問題に対して迅速かつ正確に対応できます。網羅できている理由としては、上記の同一のシステムを多数の顧客に提供しているということが大きな理由です。多数の顧客に対応できるように包括的な法律の情報を網羅できるようになっていると考えられます。
しかし、Harveyは特定の法律事務所や企業法務部門と提携し、彼らのニーズに基づいたカスタムモデルを開発しており、特定の法律問題に対する迅速な回答を提供することに特化いるので全体的な法律情報の網羅性はありません。
AIを活用した契約レビュー機能の自動化
Paxton の契約レビュー機能は、高い自動化レベルと使いやすいインターフェースを強みとしており、法務業務の効率を大幅に向上させます。契約書をアップロードするだけで、AIが自動的に文書をスキャンし、リスクのある条項や改善点を特定し、即座に修正提案を行うため、手作業による確認作業を最小限に抑えられます。
一方、Harvey も契約レビュー機能を提供していますが、弁護士による監査を前提としており、完全自動化を目指していない点が特徴です。Harvey は、法的分析や判例データとの統合を強みに持ち、より専門的な契約審査をサポートする役割を果たしますが、最終的な判断は弁護士に委ねられます。
Paxtonは契約レビューの自動化に重点を置き、契約書の分析から修正提案、編集、管理までを一元化しています。特に、インタラクティブな編集機能や契約データの集中管理を提供することで、ユーザーが効率的に契約書を作成・管理できる環境を整えています。
複雑な検索も簡単にできるBooleanクエリ機能
Paxtonは、高度な検索機能を備えたBooleanクエリ機能を提供しており、契約書や法務文書の中から必要な情報を迅速かつ正確に検索できることを強みとしています。複雑な条件を組み合わせた検索を簡単に実行できるため、膨大な契約データの中から特定の条項やリスク要素を即座に特定することが可能です。
Harveyも契約書の分析機能を持っていますが、検索機能に関しては判例や規制データベースとの統合を重視しており、特定の条項を素早く検索・抽出するというよりも、法的根拠に基づいた分析を支援する役割が強いです。そのため、契約文書の効率的な検索という点では、Paxtonが優位性を持っています。

日本とアメリカの市場感の違い
日本とアメリカの法律事務所は、規制環境、業界構造といった点で大きな違いがあります。
規制環境の違い
日本では、弁護士資格が全国統一され、外国法事務弁護士との共同事業に厳格な制限があるため、外資系事務所の参入が限られています。また、非弁護士の法律業務への関与が禁止されており、法律事務所の業務は汎用性の高い総合型が主流です。専門分化が進みにくい環境が整っているため、個々の弁護士の負担が大きくなりやすいのが特徴です。
一方、アメリカでは州ごとに独自の弁護士資格制度が運用されており、法律事務所の専門化が進んでいます。航空宇宙規制やネイティブアメリカン法務など60以上の専門分野が確立され、特定分野に強みを持つ事務所が多く存在します。また、政府機関との関係が強いワシントンD.C.の大手事務所は、規制対応や政府調達案件を独占するケースが多く見られます。
業界構造の違い
日本では分散型の市場が特徴であり、90%以上の事務所が20名未満の規模で運営されており、国際案件対応能力には大きな格差があります。また、外資系法律事務所の進出が規制されているため、日本市場は国内の法律事務所が中心となっています。
対して、アメリカではメガローファームが市場を寡占しており、上位100事務所が総収入の62%を占めるほどの集中度の高さが特徴です。特に、ワシントンD.C.の事務所は国際仲裁や規制対応までをワンストップで提供する垂直統合型のモデルを採用しており、案件の規模と専門性が極めて高い傾向にあります。
これらのように日本の法律事務所は、アメリカの法律事務所と違い総合型が主流であることや90%以上が20名未満の中小規模の事務所なので個々の弁護士の業務負担が大きいという事実があります。この環境の中で、Paxtonのような中小法律事務所向けの法律業務の効率化を目的とするサービスの需要は、今後日本でもますます注目されると考えられます。
ANOBAKAでは、日本において生成AIビジネスを模索する起業家を支援し、産業育成を実現する目的で投資実行やコミュニティの組成等を行う、生成AI特化のファンドも運用しております。
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