今回のゲストは、インテントセールスSaaS「Sales Marker」を展開する株式会社Sales Marker 取締役CTOの陳さんです!
LINEで全社横断のビッグデータ基盤を担い、Microsoft Azureでもデータ領域を経験した後、共同創業CTOとしてプロダクトを牽引してきた陳さんに、Sales Markerが“なぜ速く作れて、なぜ使われる形に落ちるのか”を、開発と組織のリアルから深掘りしました!
※本記事は2025年5月29日の収録内容をもとに制作しています。そのため、現在の状況とは一部異なる場合があります。
◼︎ゲストプロフィール
陳晨(株式会社Sales Marker CTO)
アメリカワシントン大学セントルイス校修士課程終了後、LINE株式会社に新卒入社。全社横断ビッグデータプラットフォーム構築プロジェクトに従事後、日本マイクロソフトに転職し、AI&ビッグデータ部門にて世界中のお客様に対しシステム設計から開発、運用までシステム全般をサポート。その後株式会社スタンバイにてリアルタイム分析基盤の構築をリードする。テクノロジーの力で社会課題の解決に貢献すべく、株式会社Sales Marker(旧:CrossBorder株式会社)を共同創業し、CTOとしてインテントセールスSaaS「Sales Marker」開発のリードおよびグローバルエンジニア組織の立ち上げ・全体指揮を行う。
「何をやるか」より「誰とやるか」——起業を決めた判断軸
——まず、陳さんのこれまでの経歴を教えてください
日本生まれですが、小学3年で中国に戻り、大学卒業まで中国で過ごしました。大学4年で1年だけ日本へ交換留学し、その後アメリカの大学院へ進学、卒業後に日本へ戻っています。新卒ではLINEにビッグデータエンジニアとして入社し、全社横断のビッグデータ基盤(Hadoopのエコシステム)を担当していました。
——その後、Microsoftへ転職されたのはなぜでしょう
当時LINEは自社サーバーで、私はクラウドの経験がありませんでした。起業するなら「一人で全部開発できる状態」にならないといけないという危機感があり、Azureの中身を見てみようと思って転職しました。1年ほど、開発もしつつお客様対応もするエスカレーションエンジニアを経験して、「大体分かった」タイミングで起業し、創業CTOとして今に至ります。
——小笠原さんたちと「一緒にやろう」と思えた決め手は何でしたか
きっかけはスタートアップでのインターンでした。そこで小笠原と渡邊に出会い、二人のパフォーマンスが高く、何より一緒に作る体験が楽しかった。その後それぞれ大手企業に就職しましたが、「自分がいなくても会社は回る」という感覚もあり、サービスからは遠く感じました。だからこそ「また一緒にサービスを作りたい」という思いが残り続けました。
——起業時点で、やる事業は固まっていたのですか
起業を決めた時点では、何をやるかはそこまで決まっていませんでした。ただ、このチームで一緒に仕事して作る体験が良くて、仮にピボットしてもやり直せると思えました。自分が「この人たちとやりたい」と強く思えたことが、私にとっては一番重要でした。
「このチームなら何でもできる」——コロナ禍のハッカソンが背中を押した
——起業に踏み切る“きっかけ”は何だったのでしょう
コロナ禍でフルリモートになり、時間ができたことで「ハッカソンに出よう」という話になりました。そこで課題として捉えたのが、宅配サービスの発達が東京中心で、地方には十分届いていないのではないか、という点でした。
——実際に作ったものと結果を教えてください
地方向けのデリバリーサービスを作ってハッカソンに出たところ、アジア大会で入賞し、4つある賞のうち3つを取れました。その時に「このチームなら何でもできちゃうんじゃないか」という感覚を持ち、そこからアイデアを議論していく中で起業に至りました。
——「30歳で起業」という話もあったそうですね
当初は「30歳で一緒に起業しよう」と言っていましたが、実際は小笠原がいろいろ進めて、私も巻き込まれた形です。ただ、チャンスを逃したらもったいないという思いもありましたし、強く「この人たちとやりたい」と思えないと、結局は喧嘩して別れてしまう。だからこそ、チームへのコミットは重要だと考えています。
機能は「明日出せるなら明日出す」——シード期の開発スピードの実態
——SalesMarkerは開発が速い印象があります。創業当初はどんなペースだったのでしょう
創業当初から、一機能は「明日リリースできるなら明日リリース」する感覚でした。1週間のスプリントの中で何回も新機能を出すこともありました。面接で「これをどれくらいで出せますか」と聞くと、一般的に3〜4カ月と言われるものを、私たちは1週間程度でリリースしていたと思います。
——その速さを支えた要因は何ですか
振り返ると、私自身が現場に足を運び「何を作ればいいか」を把握できていたことが大きいです。当初は意思決定がほぼ私と小笠原の二人で完結していたので、プロセスが少なく速かった。エンジニアがセールス現場やCS、お客様との対話を持ち、代表の思考ともリンクしていると、何を作るべきかが明確になります。
——シード期の体制は何人で回していたのですか
シード期の1年は、ほぼ私と渡邊の二名です。業務委託の方にデータ整備や外出しできる作業をお願いすることはありましたが、プロダクト本体の開発は基本的に二人で進めていました。
いま大事にしているのは「開発しない」——価値を“行動変容”で定義する
——一方で、今はフェーズが変わってきています。品質面で意識していることはありますか
今は「何でもかんでも開発しない」ことを大事にしています。創業当初は私が頻繁にお客様と会い、セールスの代打もして、必要性を肌感で掴めました。ただ、今はお客様も増え、全てを開発すると現場が混乱し、開発もぐちゃぐちゃになり得ます。だから「何を作るか」より「何を作らないか」を重要視しています。
——「作らない」をどう判断しているのでしょう
まずはプロダクト本体とは別に小さく作って個別提供し、本当に必要か、どれだけインパクトがあるかを見ます。これは特定の1社にしか通用しないのか、全体に有効なのか。愚痴で終わるのか、それともデータや機能があることでお客様の行動が変わるのか。機能が増えるほど混乱し、使いづらくなる面もあるので、シンプルに価値を届けるために作りすぎないようにしています。
——その「価値」はどう定義していますか
機能自体が価値ではなく、価値は「お客様の成功」や「感情を動かすもの」で、そのためには行動が変わる必要があると捉えています。ダッシュボードを作って満足して終わりなら価値にならない。行動が変わって、受注が生まれたり、見込み客と会えたりするところまでつながるか。そこにつながらないものは開発しない、という判断軸です。こうした軸を現場にも共有し、意思決定を分散していく体制を作ってきました。
今回の内容はポッドキャストでも配信しておりますので、詳細の内容を知りたい方はぜひ音声でもお聞きください!



