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【生成AI起業のヒント #6】 AI × 空間設計編

2024.7.22

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こんにちは、インターンの川野(@_takamasaaaaa_)です!

「生成AI起業のヒント」では、ANOBAKAが注目している海外の生成AIスタートアップを取り上げて、生成AIの活用方法を分析・解説していきます。
生成AI領域で起業を考えられている方にとって事業のヒントとなれば幸いです。

第6弾となる今回は、不動産取引における空間プランニングに生成AIを活用している不動産テックスタートアップ・qbiqを取り上げます

1. 会社概要

・会社名:qbiq
・本社所在地:イスラエル・テルアビブ
・最新調達ラウンド:Seed
・最新ラウンドでの調達額:1,000万ドル
・主な株主:JLL Spark Global Venturesなど
・カテゴリー:Prop Tech, インテリアデザイン
・公式ホームページ:https://qbiq.ai/

qbiqは、2019年にイスラエルで設立されたスタートアップで、オフィスや商業施設といった商業用不動産におけるカスタマイズ可能な間取り図の大量生成と、3Dでのバーチャルツアーが可能なプラットフォームを開発しています。

商業用不動産の取引には、オフィス移転や新たな商業施設の建築を希望する顧客はもちろんのこと、設計を担当するデザイナーや建築家、土地のオーナーや仲介会社など多数のプレーヤーが介在しています。

そのため、従来は取引を終えるまでに数ヶ月ほどの時間を要していたのですが、qbiqのプラットフォームを利用することで取引全体にかかる時間を大幅に削減することができます。

下記は、qbiqのホームページで公開されている商業ビルのフロア設計に関するサンプルです。オフィススペースや受付、会議室、オープンスペースなど、それぞれの設置数や配置が異なる3つの設計案を生成しています。また、具体案だけでなくサマリーも生成するため、顧客は作り上げたい雰囲気や動線などに基づいて簡単に比較検討することができます。

デザイン案A
デザイン案B
デザイン案C
デザイン案A〜Cの比較

2. フォーカスしている課題

商業用不動産の設計において、デザイナーや設計会社は顧客が希望する要件を満たすことはもちろん、スペース使用率や建設時間、使用者の動線等様々な要因を考慮して最適なレイアウト設計を提案しなければなりません。また、ADA(障害を持つアメリカ人法)やAIA(アメリカ建築家協会)が定める基準など多くの法令を遵守しなければなりません。

さらに、こうした制約に加えて、商業用不動産業界は長い間デジタル化が滞ってきた歴史があります。どれくらい滞っているのかというと、30年前に登場したAutoDeskという3D技術を使ったデザイン・設計、エンジニアリングソフトウェアが最後のイノベーションと呼ばれているくらいです。

そのため、前述したような設計図の作成業務は、AutoDesk社の開発する図面作成(CAD)ソフトウェアを用いて手動で描くのが主流となっており、これが取引全体で最低でも数ヶ月の時間を要する原因の1つとなっていました。

Time Kills Deals.(余計な時間が機会を無駄にする)

qibqが会社のコンセプト動画内で掲げているフレーズですが、既存の取引フローがいかに冗長かつ余計な時間がかかるもので、それによっていかに機会損失が起こってしまっているのかというのを感じさせてくれます。

qbiqは、3億平方フィートを超える膨大な建築計画データと業界のベストプラクティスデータを学習した生成AIをプラットフォームに組み込むことで、24時間以内に設計図を提案するという超高速プランニングを実現しています。さらに、選択した設計図に基づく3Dシミュレーションもプラットフォーム上で行うことができるため、顧客の意思決定も非常に迅速になります。qbiqのプラットフォームを利用することで、従来の取引にかかっていた時間を40%削減することができると言います。

3. 生成AIの活用方法

qbiqのプラットフォームは前述した通り、コスト効率や法令、その他建築にあたっての制約等を反映するために、膨大な建築データにより学習した独自の最適化エンジンを搭載しています。しかし、なんとなくイメージができると思いますが、あらゆる制約と顧客の細かな要件を満たす最適なレイアウトを生成するためには非常に高負荷な計算が必要になります。

一般的に、高負荷な計算を行うためには複数のコンピュータを連携させるのですが、qbiqでも1,500台のサーバーを同時に連携させて計算を行っています。また、計算負荷の高い複雑なジョブ(特定の計算や処理の要求)をさらに効率的に実行するために、特定の問題を複数の小さなタスクに分解して同時に並列処理するGeometrical Optimizationという最適化手法も併せて採用しています。

こうした技術により、上述したような複雑な計算を要する商業用不動産のレイアウト設計でも、効率的かつ迅速に結果を生成することができるのです。

筆者はAIエンジニアではないため、より詳しい技術が気になる方はぜひこちらのブログを参考にしてください。また、内容に関するご指摘がありましたらぜひご連絡ください…

4. 実績

2023年9月時点で、すでに1億5,000万平方フィートを超える設計に用いられています。これは東京ドーム約298個分東京ディズニーランド約27個分の広さで、サービスローンチから1年と少ししか経っていないことを鑑みると、驚異的な速さで市場へ浸透していっていることがよくわかるかと思います。

主要顧客を見てみても、AECOMのような世界でも主要な総合エンジニアリング企業、Perkins&Willのような建築設計事務所、他にも不動産投資に関する企業など商業用不動産に関わる幅広いプレーヤーに利用されていることがわかります。

5. 考察

qbiqは、生成AI等複数の技術レイヤーを活用することで、これまでは一定程度の専門性が求められていたレイアウトや空間設計という業務を、より効率的に実行することができるようにしただけでなく、知識がない人でも直感的な操作で簡単に行うことができるようにした点で優れたサービスであると言えます。

日本の現在地を考えてみると、商業用不動産の設計にはCADの使用や法令遵守の知識など専門性のある人材は欠かせないために、関係プレーヤーがどうしても多数になってしまい、取引フロー全体がとにかく長く・時間のかかる構造となっています。

また、3D等のバーチャル空間で実際のレイアウトをシミュレーションしながら、希望する要件に近い空間設計を決めていくようなツールのように、個人住宅やマンション等の住宅施設の取引においては既にAIの活用が進んでいます。ですが、商業用不動産というより複雑かつ大規模な空間設計が求められる領域は、生成AIによってさらに効率化や自動化が可能なポテンシャルを多分に秘めていると感じます。

こうした点を踏まえて日本での可能性を考えてみると、①日本の建築に最適化されたエンジン②設計事務所の人手不足解消の2つは、有力なキーワードになるのではないかと考えています。

1点目の「日本の建築に最適化されたエンジン」についてですが、建築や設計に関しては、法律面や国そのものの特色など国ごとの独自性が強く反映される領域だと個人的には思っています。

記事内でも述べたように、建築の設備等に関してはその国や自治体が定める法令や制約を遵守する必要があります。日本においては、建築基準法や都市計画法、消防法、労働安全衛生規則など日本独自の法令が多数あります。さらに、そうした制約に加えて、国民性や働き方の文化なども、建物や空間を設計する上で反映させなければならない日本独自の色として挙げられます。

こうした独自の要素があるからこそ汎用性の高いAIではなく、日本に最適化されたAIエンジンは日本の設計事務所等からすると強いニーズがあると思います。

2点目の「設計事務所の人手不足解消」ですが、日本の設計事務所の9割が人手不足を感じていると言います。仕事の依頼があっても、対応できる人材を確保できていないために受注機会の損失が発生しており、設計事務所にとっては相当な痛手なのではないでしょうか。

特に設計者の中でも、「設備設計」や「意匠設計」の職種が不足しているという会社が多いのですが、高度な専門知識と経験が求められる職業ですので人材としての母数を急激に増加させることは難しく、ただ、だからこそ生成AIの導入によるインパクトは大きいでしょう。

例えば、qbiqのように柔軟にカスタマイズ可能な図面を大量生成できるようなツールは、設計者の業務効率化のためのニーズがありそうですし、CADの使用や法令等の知識といった専門性がない人材でも、レイアウトや空間設計を簡単に行うことができるような支援ツールも、人的リソースの配分や必要コストを効率化していく上で有効かもしれません。

一方で、生成AIの特性としてアウトプットの精度が学習データの量に依存するという点があるため、質の高い設計図等の建築データを大量に準備することが、この領域でスタートアップをやっていく上では1つハードルになりそうだと個人的には思っています。qbiqも何十年とかけて蓄積した何千もの建築データから学習していますので、日本で挑戦するにあたっても、学習することで生成結果の精度を高めることができるだけの十分な建築データを手に入れること、あるいはデータを持っていそうな既存プレーヤーと連携することなどが、抑えるべきポイントとしては大きいのではないでしょうか。

執筆者:川野 孝誠(@_takamasaaaaa_


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