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【生成AI起業のヒント #7】AI × 財務分析編

2024.7.25

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こんにちは、インターンの川野(@_takamasaaaaa_)です!

「生成AI起業のヒント」では、ANOBAKAが注目している海外の生成AIスタートアップを取り上げて、生成AIの活用方法を分析・解説していきます。
生成AI領域で起業を考えられている方にとって事業のヒントとなれば幸いです。

第7弾となる今回は、財務分析や投資判断などの複雑な意思決定を支えるツールを開発するスタートアップ・Eilla AIを取り上げます。

1. 会社概要

・会社名:Eilla AI
・設立:2022年6月
・本社所在地:イギリス・ロンドン
・最新調達ラウンド:Seed
・最新ラウンドでの調達額:150万ドル
・主な株主:Fuel Ventures, Eleven Ventures
・カテゴリー:Finance, SaaS
・公式ホームページ:https://eilla.ai/

Eilla AI(以下、Eilla)は、M&A仲介企業やVC、PEファンドの複雑な業務フローを生成AIによって効率化するプラットフォームを提供しているスタートアップです。

Eillaのプラットフォームでは、M&Aアドバイザーや投資家にとって時間的制約の大きな単調な作業を自動化します。現状では、あらゆるリソースから幅広く情報を収集・集約して分析し、新たなインサイトを提供して複雑な意思決定をサポートしたり、投資委員会で使用するような資料作成の自動化といった機能がメインですが、将来的には財務モデルを作成したり、KPIを分析したりなどより金融のプロフェッショナルに近い役割を担うことができるようになっていくそうです。

また、「Eilla chat」というオリジナルのチャット機能も提供しており、ChatGPTのようにAIとの質疑応答形式でビジネスメールの文面や、ジョブディスクリプションなどを簡単に自動生成することができます。

ChatGPTと違ってユニークな点が、生成される出力の数や長さ、そしてAIの創造性(恐らく0〜1の数値で調整可能)といったパラメータを自分で自由に設定することができ、より多様かつより的確な返答を受け取ることができます。

『Eilla AI Chrome Extension Overview』より

2. 解決している課題

この記事を読んでくださっているような方々にとっては釈迦に説法だとは思いますが、企業を買収・売却する際も、新しく投資実行する際も、適切な意思決定を下すためには対象企業についてあらゆる観点から深く知らなければなりません。

そのため、M&AアドバイザーやVC・PEファンドといった投資家たちは、取引フロー全体を通して社外秘の機密データやデスクトップリサーチを活用してあらゆる情報をかき集め、それらを集約・分析して意思決定の判断材料になるようなインサイトを導き出します。

M&AおよびVCの取引フローと、各段階で使用されるツールや必要な調査を示した図。

しかし、複雑なExcel上の事業計画やKPIの数値等を解釈したり、幅広いデータソースから情報を集めて分析したりするのには多くの時間を費やします。それだけでなく、集めた情報や分析したデータを基に投資委員会で使用するドキュメントやパワーポイントにまとめる作業にもさらに追加で貴重な業務時間を費やすことになります。

上述した通り、Eillaのプラットフォームを利用することで、従来は人の手で行っていたリサーチ業務や資料作成業務といった単調な業務をはるかに短時間で実行することができるようになります。シードラウンドの投資家であるEleven VenturesのGP・Svetozar Georgiev氏は「超人的な生産性を提供する、まったく新しいゲームチェンジャーである」とEillaを絶賛しています。

また、Eillaの経営チームは、金融業界における生成AI浸透の遅さという課題にも着目しました。

金融業界になかなか生成AIが入り込めなかったのは、①AIによる出力精度への不信感、②金融業界へ特化したAIモデルの欠如、③財務分析における現行のAIの限界、の3つが主な要因とされています。金銭の移動を伴うために失敗やミスは許されず、精緻なデータ分析が求められる領域であるため、AIの導入には特別慎重にならざるを得ないのも無理はありません。

「現在のAIツールによる出力結果は誤解を招きやすく、また、的外れで軽薄だ」とピッチデックでは痛烈に批判している。

そのような領域に対して、AI・金融に関する豊富なバックグラウンドを有するチームで踏み込んでいく姿には非常にワクワクさせられるものがあります。

Eillaがシードラウンドの資金調達で使用した12枚のピッチデックはこちらから見ることができます。

3. 生成AIの活用方法

Eillaでは最先端の機械学習アルゴリズムと自然言語処理 (NLP) 技術を使用し、機密性の高い各社の財務情報を綿密に分析しています。
また、Eilla chatを含むEillaのプラットフォームは金融機関向けに「よりセキュアに」構築されていることも大きな特徴です。

VCの投資やM&Aプロセスでは社外秘の機密データも扱うため、一般的なクラウドAIのように入力されたデータをクラウドへそのまま送信してしまうと大変なことになります。そのため、Eillaは機密情報をマスク加工してデータを匿名化し、プライバシーを保護しています。また、モデルのトレーニングは自社サーバー上で完結させており、OpenAIのようなプラットフォームに情報が提供されることもないため安心して使用することができます。

4. 業績

2023年に実施したSeedラウンドでの資金調達についてのプレスリリースを発表した後、たったの5日で金融業界の大手企業等から200件を超える早期アクセスがあったと言います。

また、2023年頭にリリースされたサービスであるにも関わらず、既に50を超える銀行やVC、PEファンドがEillaのAIツールを使用しています。

5. 考察

日本でも、金融業界(特にアナリストなどのエキスパート職)における生成AIの活用法は活発に議論が行われている最中です。

中には、既にIR部門や財務部門向けに財務諸表などの書類を自動生成することができるツールや、財務諸表の分析ツールを開発するプレーヤーも出てきているようですが、Eillaのように金融スペシャリスト向けに特化したモデルで、M&Aや投資など複雑な意思決定を支援するレベルで活用することができるツールはこれからに期待というところでしょうか。

また、Eillaが「よりセキュアな」プラットフォーム構築を目指しているように、金融業界で使用されるツールにおいてセキュリティやプライバシー保護による安全性は殊更注意しなければいけません(情報漏洩などは絶対にあってはいけない分野であることは自明です)。

また、セキュリティやシステムの堅牢性という観点では、アウトプットの精度を高めるためにユーザーからの入力データでトレーニングさせることには少々ハードルがあるかもしれません。企業目線で考えても、モデルの出力精度を上げるためとはいえ、自分たちが抱えている機密データを提供するのは抵抗感があるでしょう。

そうなると、学習データの量以外でモデルの出力精度を上げられる工夫がないか探ってみるしかありません。例えばユーザーのリアクション(複数パターン生成した答えのうち、最もユーザーから選択されたり、高評価されたりすることが多い出力の傾向)などから、どの数字を追ってモデルに反映させるべきか検討するのは有効だと思います。

海外のスタートアップの中には、プラットフォーム利用のためにはデータの提供を求めつつ、データを利用した際にはライセンスフィーのように提供元の企業に支払いをするというようなビジネスモデルを構築している事例もあります。

いずれにせよ、基礎的なことではありますが自分たちの事業やビジネスモデルでは何をMoatとするのか、それを実現するためには何を抑えておくべきなのかをさまざまな事例を通じて学び、構築していくことが競争の激しい業界では特に生き残るための鍵になると思います。

執筆者:川野 孝誠


ANOBAKAでは、日本において生成AIビジネスを模索する起業家を支援し、産業育成を実現する目的で投資実行やコミュニティの組成等を行う、生成AI特化のファンドも運用しております。

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