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【生成AI起業のヒント #19】AI × 人材雇用編

2024.9.2

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こんにちは!インターンの川野です!

「生成AI起業のヒント」では、ANOBAKAが注目している海外の生成AIスタートアップを取り上げて、生成AIの活用方法を分析・解説していきます。
生成AI領域で起業を考えられている方にとって事業のヒントとなれば幸いです。

第19弾となる今回は、グローバル給与ソリューションを展開するスタートアップ・Borderless AIを紹介します!

1. Employer of Record領域の盛り上がり

スタートアップの聖地であるシリコンバレーから多くのスタートアップが世界に飛び出して、ユニコーン企業、そして時価総額何兆円、何十兆円というさらにその上のステージまで成長していっているように、世界的な企業をつくりあげるためにはグローバルに規模を拡大していくことは欠かせません。

そうした時に必要となるのが、進出先の国における現地人材の採用です。現地法人を設立する、現地人材と業務委託契約を結ぶなど手段はいくつかありますが、近年盛り上がりを見せているのが、海外人材の採用業務を代行する事業者や仕組みを活用することです。Employer of Recordの略でEORと呼ばれているのですが、コロナによるリモートワークの普及、国内での人材不足などが掛け合わさり、EOR領域に流れ込むベンチャーキャピタルの資金は急増しました。例えば、RemoteやVelocity Global、Deelのようなスタートアップは、2021年または2022年に3億ドル以上の資金調達を実施しています。

今回ご紹介するBorderless AIは、このEOR領域にて海外チームを持つグローバル企業向けに、採用や従業員管理、給与支払いなどのHR業務をひとまとめに行うことができるプラットフォームを提供しています。

24年3月にシードラウンドとしてSusquehanna International GroupとAglaé Venturesによる2,700万ドルの資金調達を発表し、ステルス状態から姿を現すと、MG2やAffinitiといった顧客を獲得してどんどんとその存在感を増していっています。

2. グローバルな人材雇用の障壁

冒頭で述べた通り、グローバルにチームを拡大していく上でEORサービスの利活用にスポットライトが当たっていますが、その背景には各国の法規制への対応の複雑さがあります。これは雇用契約や解雇条件、労働時間、最低賃金、福利厚生などが含まれるのですが、コンプライアンス違反や罰金が科されるリスクを避けるためにも企業は常に各国の最新の法的知識を追い続け、それらに対応する必要があります。

また、国際的な雇用では、従業員や企業が居住国と勤務国の両方で二重に課税されてしまうリスクも存在します。各国は通常、二重課税防止条約を締結しており、特定のルールに従って税の負担を調整しますが、適切な処理を行わないと不必要に高い税負担を強いられることになります。

こうした課題に対処するために、多くの企業がEORサービスを活用していますが、それでもいくつか限界があります。例えば、EOR事業者は必ずしも万能ではないという点です。労働法や税制は国ごとに異なるというのは前述した通りですが、それだけでなく内容が複雑かつ変更や修正が加えられることがよくあります。そうした際に、最新の知識をキャッチアップできているか、提供サービスに取り込めているかどうかなどは事業者によってばらつきが見られます。

せっかくEOR事業者を利用したのに、彼らも最新の法規制に対応しきれていなかったなどという事態が発生すれば、企業にとってはコンプライアンス違反などの余計なリスクが増大し、罰金や法的トラブルにつながる可能性があります。

また、EORサービスは地域ごとの多言語対応や文化的サポートが不足している場合があり、これは特に文化的に多様な地域で顕著です。例えば、アジア市場では、文化的な違いが従業員のエンゲージメントに直接影響を与えることがあります。労働者の離職率が高い地域では、こうした文化的サポートの欠如が原因で、企業の長期的な成功が妨げられるリスクが高まります。

このように、既存のEOR事業者の対応力やカバレッジは完璧ではなく、限界があるということは頭に入れておきたいです。

3. Borderless AIとは

■企業情報

  • 会社名:Borderless AI
  • 本社所在地:トロント(カナダ)
  • 最新の調達ラウンド:Seed
  • 資金調達総額:2,000万USD
  • 主な株主:Susquehanna International Group (SIG), Aglaé Ventures
  • カテゴリー:ペイメント、HR
  • 公式ホームページ:https://www.hireborderless.com/

ここまではマクロ環境のような抽象的な話が多くなってしまったので、改めてBorderless AIがどのような企業なのか簡単にまとめます。

Borderlessのプラットフォームには、大きく下記3つの機能が備わっています。

  • 従業員管理
  • オンボーディング
  • 給与等のペイメント

グローバルに従業員の雇用や管理を1つのダッシュボード上で行うことができるというものなのですが、生成AIをどのように活用しているかという本記事の趣旨と少し離れるので、あえてここで深く言及はしません。

1つ特徴を述べるとすると、給与や経費等のペイメント機能において、DeelやRemote.comのような類似プラットフォームとは異なり、事前の入金を必要とせずにリアルタイムで支払いができる点が大きな特徴です。都度入金をして金額をプールしておく必要がないので、キャッシュが出ていくタイミングを効率化することができます。

Borderlessのプラットフォームに搭載されている機能の1つであるAIエージェント「Alberni」についてはもう少し説明を加えます。

Alberniは、世界で初めてAIを搭載した人材エージェントで、企業のグローバル人材採用を支援するという風に公式サイトでは紹介されています(本当に世界初なのかどうか、真偽のほどは明らかではありません)。

Alberniが力を発揮するのは、やはり国ごとに異なる労働法や税制への対応です。既存のEORサービスでも十分にカバレッジできていますが、それでも完璧ではなく限界があるというのは前述した通りです。

国ごとに法規制が異なると、海外人材を雇用する時には各国の最新の法的知識を反映させた雇用契約書を作成しなければならず、従業員によって契約書の中身を1人1人カスタマイズするのは相当ヘビーな作業です。Alberniでは、「カナダ、オンタリオの雇用契約を作成したい」や「フランスの最低法定休日は何日ですか?」のように会話形式で雇用契約書をドラフトから作成することができます。

また、作成した契約書に対してコンプライアンスレベルや修正が必要な箇所がないかをチェックしてフィードバックしてくれる機能もあり、コンプライアンスに準拠した雇用契約書を迅速に作成することができます。

実は、Borderless AIはCohereというLLM開発におけるリーディングカンパニーと戦略的提携をしています。そして、Cohereが開発したLLMと、そのLLMに外部情報の検索技術を組み合わせたRAG技術と呼ばれる2つのテクノロジーを活用してAlberniはつくられています。ですので、PwCやNorton Roseといったカナダの大手企業から集めたデータを基にすることができるため、上記のような契約書の生成が可能になっています。

4. 結論

EORの市場規模は、2024年までに500億ドルを超えると予測されています。さらに、冒頭で述べたようにベンチャーキャピタルからの投資額も増え、有望なスタートアップが次々に台頭してきている中でBorderless AIは生成AIを活用することでユニークな存在となっています。特に、既存のEORでは対応力に限界があるとされていた法規制に関して、各国の法規制をリアルタイムで反映し、企業が直面する複雑な法的リスクを大幅に軽減することが大きな魅力となっています。

現在では、生成AIを活用することで契約書作成における法律面の厚いサポートが受けられるという点が一番のユニークネスとなっていますが、今後は、文化的サポートや多言語対応の強化により、多様な市場での適応力が向上することが予想されます。

日本市場で同様のスタートアップを立ち上げる際にも、大前提として日本特有の法規制や文化的要因をしっかりと理解することは不可欠です。例えば、日本企業は一般的に長期雇用を重視し、従業員のエンゲージメントや福利厚生にも高い期待を持っています。これに対応するためには、AIを活用して日本の文化や企業風土に合った雇用管理システムを提供することが重要です。

また、中長期的な目線で見てどのような点をMoatとし、それをどのように構築していくかという戦略も考えなければなりません。Borderless AIはCohereと戦略的パートナーシップを締結することで、豊富なデータベースにアクセスできるようになり、AIエージェント「Alberni」の精度を向上させていました。実は、Cohere側の思惑としては、開発したLLMをエンタープライズに提供したいという思いがありました。そこで、Borderless AIと提携することで、彼らのプラットフォームという独自のチャネルを通じて大手企業に提供することができると、Win-Winの構造が出来上がると考えていたようです。このように自社でユニークなデータベースを保有することでMoatを築く、そのために誰と連携して、そのためにはどのような価値提供が自分たちにはできるのかを考えることが初期の生成AIスタートアップにとっては重要なのではないかと考えています。

執筆者:川野 孝誠


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