執筆者:川野孝誠(@_takamasaaaaa_)
今日の世界において、トレンドの源泉となっているのは間違いなくTikTokでしょう。ユーザー数15億人を超えるとも言われる巨大なプラットフォームで、“バズり”という名の共感の渦を起こしたものがブームになる、そんな時代になっています。
ビジネスの現場においても、TikTokやInstagramリール、YouTubeショートで、“バズらせること”がショート動画によるデジタルマーケティングの効果を最大化させるための至上命題になっています。
15秒や30秒といった限られたごくわずかな時間の中で、どのようにストーリを進行させるか、どのように視聴者の感情を揺さぶるか、最も最適な演者は誰なのか…
ショート動画を1本制作するだけでも、裏側では相当な工夫と緻密な計算が施されていることは想像に難くありません。
第26弾となる本記事では、ショート動画を活用する個人クリエイターや、企業のマーケティング担当者などにとって、コンテンツ制作に革命を起こすかもしれないツールを開発しているOpus Clipというスタートアップを取り上げていきます。
「生成AI起業のヒント」では、ANOBAKAが注目している海外の生成AIスタートアップを取り上げて、生成AIの活用方法を分析・解説していきます。
生成AI領域で起業を考えられている方にとって事業のヒントとなれば幸いです。
期待の新星、登場
2022年1月に設立されたOpus Clipは、ローカルに保存してある動画ファイルやYouTubeにアップロードされている動画を、AIが自動的にクロップ(切り抜き)を行い、ショート動画を制作することができるツール『OpusClip』を開発しています。その人気は凄まじく、サービスリリースからわずか1年でユーザー数は600万人、ARRは1,000万ドル突破と、まさに破竹の勢いで成長している新進気鋭のスタートアップです。
OpusClipの大きな特徴の1つは、YouTubeやInstagram、TikTokなど様々なソーシャルメディアプラットフォームに対して、最もエンゲージメントが高くなる(バズりやすい)ショート動画を自動で作成することができる点です。
プラットフォームによって利用ユーザーの属性も、裏側のレコメンドアルゴリズムなども異なりますので、恐らくそうした特徴も加味しながら素材となる動画のどこの部分を切り出せば最も効果的・魅力的なのかをOpus Clipの独自のアルゴリズムは理解して抽出します。他にも、声のトーンやピッチ、話すスピード、ボリュームなどから重要度が高い(動画のハイライト)と判定できる瞬間かどうか、場面転換や映像切り替えにおいて、魅力的なトランジションや話の一貫性を保つことができる場面かどうかなども、抽出の際にアルゴリズムは考慮しています。
また、「TikTokは1:16」のようにプラットフォームごとに最適なアスペクト比というのが決まっていますが、OpusClipではクロップした動画を自動的にリフレーミングします。ですので、素材の動画が横長だったとしても関係なく、人の手による煩雑な編集作業は全く不要になります。
Opus Clipの競争優位性
OpusClipには、作成したショート動画それぞれに対してバズる可能性をスコア化できる点というもう1つの大きな特徴があります。この機能では、独自のアルゴリズムによって切り出された各ショート動画に対して、さらに下記4つの観点で「どの動画がバズりやすいのか」を測定し、100点満点中何点なのかを表示します。
- Hook:視聴者を惹きつけるような場面
- Flow:動画内の情報の一貫性や論理的整合性
- Value:実体験を通じた他者の心に響く表現
- Trend:ソーシャルメディアのトレンドとの関連性
点数化して終わりではなく、下図のように各項目に対して、判断の根拠や今後のコンテンツ制作におけるアドバイスなどを細かく確認することもできます。
よくアルゴリズムのブラックボックス化が問題になりますが、OpusClipではアルゴリズムを通じてAIがどのように考えているのか、どこを見ているのかが明確にわかります。なので、各項目の評価を参考にしながら、どのプラットフォームにどの動画を流すか考えたり、次回はアドバイスを反映してコンテンツを制作したりなど、戦略的にPDCAサイクルを回すために活用することができます。
この機能は、Opus Clipの類似ツールと比較した時に差別化要素の一つになっていると考えます。他のツールでも、AIが素材動画のハイライトを自己判断し、切り抜いてショート動画を制作すること自体は可能なのですが、Opus Clipのようにアルゴリズムが可視化されることはありません。Opus Clipではバズる可能性をスコア化できることにより、制作した動画を利用すると実際にどれくらいのマーケティング効果を期待することができるのか?、アルゴリズムが判断したハイライトは信頼に足るものなのか?といったところが明確になり、マーケティングへの戦略的な活用まで繋げることができます。
OpusClipユーザーの口コミを見ると、やや正確性に欠ける(点数が上振れ気味)ようですが、それでも使用する動画を選定する上での1つの判断材料になっているのは確からしいです。過去にバズった何万もの動画に基づいて各動画のスコアを算出しているので、定量的な分析が行われているはずなのですが、精度向上は今後に期待といったところでしょうか。
上述した機能以外にも、もちろん字幕の自動生成や、風景映像などメインストーリーの補足的な映像(Bロールと呼ばれます)の挿入など、従来の編集ツールに搭載されている機能は標準装備となっています。公式HPに機能一覧が掲載されているのですが、サービスリリースからの経過時間を考えると中々の数です。
この話は本筋ではないのですが、Opus Clipがリリースされた直後、創業者のYoung Zhao氏はユーザーファーストな開発手法を取っていました。ユーザーの声に常に耳を傾け、毎週新機能を発表していたそうです。
それがあって今のような形に落ち着いているのだと思いますが、OpusClipの驚異的な成長速度を見る限りその戦略がうまくハマった感じはあります。ユーザーの声を聞きすぎると(ノイズが混じっている可能性もあるため)成長速度・開発速度が遅くなってしまうという懸念点もありますが、“使いやすさ”はスイッチングコストというMoatを生み出す一因になり得ますので、生存競争に勝つためのOpus Clipなりの戦略的工夫であったのではないかと思います。
日本では流行らない?
アメリカでは非常にたくさんの人が既に利用していることは前述した通りですが、日本でもこの領域で大きく展開していくことはできるでしょうか?
個人的な考えとしては、日本で似たようなスタートアップは立ち上がりづらいと見ています(あくまで個人的な考えです)。その大きな要因は、ショート動画の制作方法に対する考え方の違いにあります。
アメリカでも日本でも、ここ最近は多くの企業や個人クリエイターたちが、ショート動画を含む動画コンテンツをPR・広告宣伝手法の1つとして活用することはかなり普及してきているように思います。消費者が情報収集の主な手段としてショート動画が占める割合が大きいこと、動画はテキストと比べて5,000倍の情報量を伝えることができると言われていることに鑑みると、積極的に活用する企業などが増えているのは頷けます。
ですが、アメリカでは多くの企業や個人クリエイターたちが、コンテンツの1つとして制作した長尺動画を切り抜く(再利用する)形でショート動画を制作しているのに対して、日本では長尺動画とショート動画は別々で制作する傾向が強いです。
15秒〜60秒程度という限られた時間だからこそ、必要な情報を魅力的に伝え、購買やサービス導入まで繋げるために、ショート動画はショート動画なりの適切な作り方があるという考え方なのだと理解しています。
正解・不正解を述べたいわけではなく、国が異なれば考え方や商習慣が異なるのはごく自然なことなので、今回のOpus Clipのように海外事例を日本に輸入しても同じようにうまくいくとは限らないケースもありますよという私なりの解釈を最後にお伝えしました。
企業情報
- 会社名:Opus Clip
- 本社所在地:レッドウッドシティ(アメリカ)
- 最新の調達ラウンド:Series A
- 資金調達総額:3,000万ドル
- 主な株主:DCM Ventures, Samsung NEXT, GTMfund, Fellows Fund, Millennium New Horizons
- カテゴリー:ショート動画
- 公式ホームページ:https://www.opus.pro/
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