執筆者:川野孝誠(@_takamasaaaaa_)
かつて、資産運用は一部の限られた人々の特権でした。ウォール街のトレーダーや、何十年も市場に精通したファンドマネージャーだけが、金融の世界で生き残る術を知っていたからです。個人投資家が資産を増やすには、証券会社のアドバイザーに頼るか、専門書を読み漁るか、あるいは「勘」に頼るしかありませんでした。しかし、テクノロジーの進化がこの構図を大きく変えようとしています。
特に、AIが金融市場に参入してきたことは、投資の世界においてかつてないパラダイムシフトを生んでいます。機関投資家の間ではすでにAI駆動のアルゴリズム取引が当たり前となり、ミリ秒単位の高速取引が人間の手を介さずに行われています。しかし、ここ数年の進展で注目すべきなのは、AIが単なる機関投資家のツールにとどまらず、個人投資家の手に届く存在になりつつあるということです。
たとえば、ChatGPTのような対話型AIが登場したことで、個人でも簡単に経済分析を行い、投資の意思決定をサポートできるようになりました。さらには、ポートフォリオの構築やリスク管理を自動化し、データドリブンな運用を可能にするAIアシスタントまで海外では登場しています。人間の感情に左右されず、膨大なデータを分析して冷静に判断を下せるAIは、個人投資家にとって「投資のパートナー」としての役割を担い始めています。
この流れがさらに進むに従い、投資は「専門家の知識」ではなく「誰もがアクセスできるテクノロジー」へと変化する可能性は大いにあります。そうなれば、これまで金融のプロだけが享受していた高度な投資戦略が、一般の投資家にも解放されることになります。そして、その最前線を走るのが、AIを活用した資産運用プラットフォームです。
今回の記事では、その代表例としてStreetbeatを紹介していきます!
「生成AI起業のヒント」では、ANOBAKAが注目している海外の生成AIスタートアップを取り上げて、生成AIの活用方法を分析・解説していきます。
生成AI領域で起業を考えられている方にとって事業のヒントとなれば幸いです。
Streetbeatの事業内容
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Streetbeatは、生成AIを活用した資産管理プラットフォームを開発しているスタートアップで、ToC/ToBの両輪でビジネスを展開しています。
◾️ B向けソリューション
機関投資家などB向けソリューションとして、Streetbeatは様々なAIエージェントをAPIで提供しています。市場リサーチや投資のアドバイザリー、カスタマーサポートなどそれぞれのタスクごとに設計されており、企業は自社のニーズに応じて最適なエージェントを選択することができます。
加えて、Streetbeatは企業ごとにカスタマイズ可能なAIエージェントも提供しています。標準化されたエージェントではなく、自社の投資戦略や業務フローに応じて最適化されたエージェントを構築することができるため、特定の業界や市場に特化してデータ分析を行う場合や、各クライアントのポートフォリオに寄せた対応を行う場合などに活用されています。
これらのエージェントを支えているのが、Streetbeatが連携している170を超える金融データセットです。これらのデータセットには、リアルタイムの株式市場ニュースやアナリストの分析、株価データ、PERやPBRなどの評価指標、決算情報、国債金利データ、パフォーマンス指標などが含まれています。特に、市場ニュースや株価データをリアルタイムでこれにより、StreetbeatのAIエージェントは、単なるデータ提供にとどまらず、リアルタイムの市場分析を基にした自律的な投資判断を実行できる点は特徴的です。
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◾️ C向けソリューション
個人投資家向けには、会話型AIエージェントを活用したロボアドによる自動運用プラットフォームを提供しています。
既に用意されている投資テーマや戦略別のポートフォリオから気に入ったものを選ぶこともできれば、AIエージェントとのチャット形式の会話を通じて、自身の投資目標やリスク許容度に基づいてパーソナライズされたポートフォリオを構築することもできるため、株式投資に馴染みのない初心者でもかなり手軽に始めやすい点が特徴的です。
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また、Streetbeatのプラットフォームでは「Tuition Rewards program」と呼ばれる私立大学の学費を最大25%まで減免できるポイントシステムを利用することができます。これは、航空会社のマイレージプログラムに似た仕組みで、学生たちは投資活動を通じて貯めたポイントを学費の減免に利用することができます。ポイントは1ポイント=1ドルとして扱われ、学生本人だけでなく、その子どもや孫、姪・甥などの親族に適用できる点も斬新です。
既に全米450校以上の私立大学・カレッジと提携するほど拡大が進んでいますが、特に費用面で大学教育を諦めざるを得なかった学生にとっては「投資で運用益を得るチャンスを狙いつつ、学費の援助にもつながる」という二重のメリットが期待できるところに大きな魅力がありそうです。
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AIを活用する投資サービスには近年さまざまなスタートアップが参入していますが、Streetbeatは学費支援という異なる切り口を取り入れることで、単なる資産運用だけでなく、ライフステージの課題に寄り添うことができるという新たな価値を生み出し、ユーザー層の拡大と明確な差別化を図ることができているといえます。
企業情報
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- 会社名:Streetbeat
- 本社所在地:パロ・アルト(アメリカ)
- 最新の調達ラウンド:Seed
- 資金調達総額:1,500万ドル
- 主な株主:TTV Capital, 3Lines, Evolution Venturesなど
- 公式ホームページ:https://streetbeat.com/en
AIエージェントによる金融サービスの進化
「2025年はAIエージェントの年になる」と言われている通り、様々な産業・業種においてAIエージェントを活用することで市場は急拡大し続けています。そして、Streetbeatのような資産管理市場もご多分に漏れず、その影響を大きく受けています。
WealthfrontやBettermentなどのロボアド市場に代表されるAI × ファイナンシャルプラン及び資産管理の市場規模は、2023年には約175億ドルと推測されていますが、AIエージェントの技術進化によって、2031年には約733億ドルに達し、年平均成長率20.2%で拡大していくと予測されています。
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このAIエージェントの技術進化について少し深掘りしてみると、この領域の発展に貢献した主要な点としては、データ分析の高度化と、それによる顧客プロファイリングの精緻化が挙げられると考えています。従来の金融機関では、年齢や収入といった静的なデモグラフィックデータを基に顧客を分類し、画一的な投資商品を提案することが一般的でした。しかし、AIを活用することで、膨大な市場データや経済指標に加え、金融関連のニュースやSNSなどの非構造化データ、さらにはデモグラフィックデータや行動データ、心理統計学的データまでを統合し、リアルタイムで動的な顧客セグメンテーションを実現することができるようになっています。
そしてこれにより、チャーンリスクの予測や顧客生涯価値(LTV)の評価が可能となり、個々の顧客ニーズや目標に応じたリアルタイムで適応可能な資産運用ソリューションも提供することができるようになりました。AIによるパーソナライズが顧客満足度の最大20%向上、運用資産(AUM)の10〜15%増加につながった事例も報告されています。
日本においても、生成AIを活用することで、より高度な市場予測やリスク管理が可能となり、運用効率が向上していることが、投資初心者だけでなく投資経験者層にも訴求力を持つようになっているというのは諸外国と変わりません。
日本市場において独特なのがNISA(との組み合わせ)です。従来のNISA制度では、リバランス(資産配分の調整)を行う際に資産を売却すると、その売却分の非課税枠が消失し、再利用できないという制約がありました。このため、ロボアドバイザーなどの自動リバランス機能を活用する際、頻繁な売買が非課税枠の消費につながり、効率的な運用が難しい(ロボアドやAI駆動の資産運用サービスとは相性が悪い)とされていました。
しかし、新たなNISA制度では、年間投資上限額が拡大され、売却した資産の非課税枠が翌年に再利用可能となるなど以前よりも柔軟性が向上しました。これにより、リバランス時の非課税枠消費の問題が緩和され、ロボアドバイザーや生成AIを活用した資産運用との相性が大幅に改善されました。
それだけでなく、生成AIの活用により、売却を伴わないリバランス手法や、非課税枠を最適に活用する投資戦略の開発が進んでいます。例えば、AIが市場動向を予測し、ポートフォリオの資産配分を動的に調整することで、売却を最小限に抑えつつ目標とする資産配分を維持することが可能となります。一部のロボアドサービスでは既に提供しているものですが、先述した通り判断材料に使用できるデータの幅が広がり、各人にパーソナライズされた複雑なサービス提供が可能になる点に進化を期待できそうです。
とはいえ、現在の日本においては、資産運用自体が若年層にあまり普及していないという課題はありそうです。実数値として、NISA口座数は大幅に増加しており、2024年3月末時点で約2,322.8万口座に達しましたが、金融庁のデータによると20代・30代の利用率は依然低く、40代以上の利用者が多くなっているのが現状です。
逆に言うと、20代・30代を中心とした若年層の取り込みによる市場拡大には大きなアップサイドが潜んでいるということでもあると思います。新NISA制度の導入により、年間投資上限額の拡大や非課税保有期間の無期限化など、投資へのハードルが下がりつつあります。さらに、生成AIの活用により、個々の投資家に最適化された資産運用が可能となり、若年層の興味を引く新たなサービスの提供も期待できます。これらの要因を追い風にできれば、新たな市場機会が切り拓けるのではないでしょうか。
ANOBAKAでは、日本において生成AIビジネスを模索する起業家を支援し、産業育成を実現する目的で投資実行やコミュニティの組成等を行う、生成AI特化のファンドも運用しております。
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