大手企業の新規開拓は、スタートアップや外資にとって長年の壁でした。社数は限られ、組織は複雑。一社ずつ攻略するしかありません。その壁をAIで崩そうとしているのが、Sales Retrieverの松本成行氏です。エンジニア出身で三度目の創業、しかもフルタイムの正社員は本人一人。それでもなお、成長を続ける松本氏に、大手開拓に絞ったプロダクトと、AIを前提に組み立てた事業・組織のつくり方を伺いました!
松本 成行氏(Sales Retriever・CEO)
東京工業大学大学院総合理工学研究科(知能システム科学専攻)修了。在学中は人工知能を用いたドローンの自動操縦に関する研究に従事。2015年にワークスアプリケーションズへ入社し、システムコンサルタントとして大手企業を中心に人事基幹システムの導入支援・開発に携わる。その後、株式会社MOVERで開発責任者、ecbo株式会社でリードエンジニアを務め、A1A株式会社ではCPOとして製品開発・プロダクトマネジメント・カスタマーサポート体制構築・顧客システム導入を担当。ギリア株式会社でAccount Executiveを経験したのち、大手企業の新規開拓に特化した営業向けAI SaaS「Sales Retriever」を提供する株式会社Sales Retrieverを2023年12月に設立、代表取締役に就任。
創業背景 — なぜ「大手企業開拓」に絞ったのか
——まず自己紹介と事業概要をお願いします。
東工大を出てワークスアプリケーションズにエンジニアとして入り、その後二回起業しています。Sales Retrieverは自分の創業としては三社目で、いま三期目です。ジャンルとしては営業向けのAI SaaSですが、その中でも特に大手企業の開拓に特化しているのが特徴です。商談創出に強い営業SaaSは数多くありますが、私たちは大手開拓だけに絞っています。
——大手向けの営業は、中小向けと何が違うのですか。
まず社数が圧倒的に違います。従業員二千名以上の企業は、四百万社あるうちの二千社ほどしかない。いわゆる「数打ちゃ当たる」論でメールを送りまくるのではなく、一社ずつ確実にアプローチする必要があります。もう一つは組織の複雑さで、大企業は平均して七百ほどの部署があり、課題も目標も部署ごとに違う。自社のソリューションに合う部署を正確に狙う「組織攻略」が重要になります。私たちは組織図をAIで分析し、部署や担当者をバイネームで特定するところまでやります。LinkedInやWeb記事に加え、部署直通の番号などWebに載っていない情報も自前で仕入れ、AIが扱いやすい形に加工して提供しています。
——なぜこの領域だったのでしょうか。
前職で大手企業向けの営業に専念していて、毎日のようにIRや決算説明書を読んでいました。ちょうどChatGPTの3.5が出たタイミングで、これはAIで解決できるのではと思い、探索を始めたのがきっかけです。
——セールステック×AIはレッドオーシャンでは、との噂もありますが……
レッドオーシャンだという認識はありました。ただ生成AI×営業はまだプレイヤーが少なく、その中でさらに自分たちの得意領域を絞れると考えた。大手企業開拓にフォーカスするプレイヤーは少なく、開拓経験がないと勘所が難しいので真似されにくい。データの違いも効いていて、たとえばZoomInfoはLinkedInがベースですが、日本の大企業、特に製造業はLinkedInを使っていない人が多いんです。本国でZoomInfoを使う外資系企業が、日本では使い物にならず当社に乗り換える、というケースも少なくありません。
差別化の設計 — 「仕入れ・加工・供給」というレンズ
——「SaaS is dead」という議論をどう捉えていますか。
論点は内製化と参入障壁の二軸だと思っています。内製化は今の日系企業では基本的に難しいので、あまり気にしていません。一方で参入障壁は確実に低くなった。そこでどう差別化するかで、生き残る企業と死ぬ企業が分かれると考えています。
——では、差別化はどこで生むのですか。
ソフトウェアの価値は「仕入れ・加工・供給」に分解できると考えています。仕入れは独自データや独自パートナーとのアライアンス、加工はプロダクト開発そのもの、供給は営業力・マーケ力・ブランド。このどれかで差別化する。AIエージェントで開発がスムーズになったぶん、加工の価値は著しく下がりました。だからこそ仕入れと供給のどちらかで強みを持たないといけない。私たちは今、その軸に投資しています。
——短期的には、どちらを重視すべきだと考えますか。
事業ドメインにもよりますが、私は前段の仕入れだと思っています。冒頭の仕入れが強ければ、加工したものもデリバリーもしやすくなる。製造業でも特殊な素材を仕入れているだけで差別化でき、逆に売りやすくなる。それと同じ構造です。
——具体的に今やっていることは。
独自でしか集められないデータを、さまざまなパートナー企業とアライアンスを組んで集め、大手クライアントが使いやすい形に加工しています。供給側は、大手クライアントに絞ってブランディングし、いわば「四隅」から、大きいところから押さえていく。大手を競合に取られると、ブランディング的にもリプレース的にも巻き返しのコストが大きい。だから先に大手から攻めたほうがいいと考えています。
プロダクトの本質 — 「いい感じのアルバイト」という価値
——導入企業もMRRも伸びている中で、PMFの足音を感じる瞬間はありますか。
まだPMFしたとは思っていません。ただ片鱗を感じるのは、お客さんからの紹介が増えたことです。いまは通常の問い合わせよりも、同業のお客さんが紹介してくれる割合のほうが増えてきていて、プロダクトの満足度が高まってきた手応えがあります。
——プロダクトの何が一番評価されているのですか。
データの部分もありますが、大手開拓の業務に特化したAIなので、少ないコンテキストやソースでも、自分に合うものがポンと出てくる。その体験が良いと言われます。
——顧客側は、AIを使っている自覚はあまりないのでしょうか。
そうですね。お客さんには「AI」というより「いい感じにやってくれるアルバイトだと思って使ってください」と伝えています。AIエージェントと言っても基本よくわからないので、「この会社を調べて」と指示すれば後は全部やってくれるアルバイト、という感覚で使ってもらっています。
——できる営業向けのプロダクト、ということですね。新しい試みもあると伺いました。
今は一定できる営業パーソンが、リサーチのような面倒な作業を巻き取らせて成果を出すプロダクトになっています。あまりできない層にはまだ届いていない。そこで新たに、成果報酬型のBPOを始めました。ソフトウェアを提供するのではなく、こちらでアポを取り、取れたら一件いくら、取れなければ費用はゼロ。プロフェッショナルでなくても、私たちとコミュニケーションさえ取れれば成果に対価を払ってもらえる形です。能動的に通知・レコメンドするAIが理想ですが、そこに行くまでは人手のBPOで対応しています。
AIネイティブ組織論 — スピードを最大化する責任設計
——プロダクトがすべき部分の、どこまでの範囲をAIでやっているのですか。
基本は全般です。開発はいわゆるバイブコーディングで、仕様決めからデザイン、実装、テスト、デリバリーまで一連を回しています。マーケティングも展示会のデザイン、ホームページ、SEO、イベントのフォームやメルマガ設定までほぼAI。十二社ほどある導入事例のインタビュー記事もAIに書かせています。CSもサポートエージェントで自動応答し、マニュアルもプロダクトの画面キャプチャをさせて作らせる。判断軸はシンプルで、何度もやるルーチンワークはスキルとしてAIに覚えさせ、一回きりのものは自分で手を動かす。作業全般はAIがやったほうがいい、というのが私の結論です。
——AIネイティブである意義はどこにありますか。
メリットはコストよりもスピードです。アウトプットが圧倒的に速い。セミナー準備なら方針を決めれば一日、開発も私が全部決めてデリバリーまでするので、機能の依頼から一時間でリリースできることもある。人が増えると、誰が承認するか、フィードバックはどうするかといったコミュニケーションロスが必ず発生し、スピードが落ちる。ネイティブ化できていない組織というのは、正確には「決められない人が多い組織」だと思います。
——では、誰を採用すべきなのでしょう。
決められる人が前提です。メンバーレベルがAIを使っても、結局承認や確認で時間がかかり、あまり意味がない。特定スキルよりも、地頭・キャッチアップ力・責任感が重要になる。私はずっと、最終的に人間が必要なのは責任を取ることだと言っています。決めるとは責任を取ること。だからこそ「決められる人」が要になります。
——どう組織を分け、どんな人を採るのか、ということですね。
軸は人数でもコストでもなく、スピードです。基本は一プロダクトを一人か二人で見る。承認が発生する分岐点を単位に責任範囲を切る、というのが今の仮説です。分けすぎると連携のための承認が増え、分けなさすぎると一人に業務が集中して速度が落ちる。その見極めが肝です。求めているのは「乾いている人」。大手やメガベンチャーに入ったものの、周りのスピード感が遅くてやきもきしているような、もっともっとと自分から求めにいける人材です。ゼロベースで権限を委ね、AIを回しながら広い責任範囲を持ってもらいたいと考えています。
いかがでしたでしょうか?
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