INSIGHT

インサイト

日本の10倍のEXIT?!BNPLスタートアップのスーパースター・Nick Molnarの挑戦

2021.9.29

RSS

ANOBAKAの松永です。

今月、PayPalが日本の後払い決済(Buy Now Pay Later)サービスを展開するスタートアップ「Paidy」を約3,000億円で買収するというニュースが駆け巡りました。

日本発のスタートアップ(伊藤忠商事の持分法適応会社ではありますが)の大型買収劇に、心躍った方も多いでしょう。
日本のスタートアップ界隈のレコードの一つとして、可能性を拓いたといえる素晴らしい出来事だと思います。

一方で、その一ヶ月前に起こったSquareによるオーストラリアのBNPLスタートアップ「Afterpay」の買収は、3兆円を超える、文字通り桁違いの買収案件でした。

今回は、「Afterpay」創業者であり、若干31歳でオーストラリアのスタートアップのヒーローとなったNick Molnarとその軌跡を辿りたいと思います。

◆そもそもBNPLの仕組みと世界の主要なスタートアップ

その前に、今話題の「Buy Now, Pay Later」(BNPL)について記述します。

「Buy Now, Pay Later」は、文字通り「今買って、後で支払う」というものであり、電子商取引(EC)を中心に活用される新たな販売信用の形態です。

具体的に、 ①ユーザー(消費者)がオンラインで商品を購入する際に「BNPL」での支払いを選択、 ②BNPL 事業者が支払い方法(一括、分割など)を提示し、ユーザーが決定、 ③BNPL 事業者が小売店(加盟店)に立替払いするとともに、 ④BNPL 事業者は商品価格から差し引く形で決済手数料を小売店から徴求、 ⑤決済確認後に小売店がユーザーに商品を発送、 ⑥定められた条件でユーザーが BNPL 事業者に代金を支払う、 といった流れとなる。

利用者は、20~30 歳代の若年層や現役世代が中心であり、「比較的高価な商品」を購入する際に、「クレジットカードの代替」として利用されるケースが拡大。背景には、債務負担の増大等を嫌気した若年層のクレジットカード離れ、コロナ禍における世界的なオンラインショッピングの拡大といった大きな潮流が存在。こうしたトレンドを受けて BNPL 市場の拡大が続く一方、大手銀行や決済関連企業等の参入もあり、競争は激化していく見込み。

※引用:拡大する Buy Now, Pay Later(BNPL)市場の動向と今後の展望

矢野研究所によると、国内のBNPL市場は2021年に1兆円を超え、2024年には1兆8,800億円に達すると予測されています。

また別で、2025年までに世界中で3,500億米ドル近くの取引に達するという予測もある、世界的に大注目されている領域です。

世界の主要なBNPLサービスは下記などがあります。

◆Afterpay

企業名:Afterpay
HP: https://www.afterpay.com/
設立年:2014年 創業者:Nick Molnar,Anthony Eisen
本拠地:オーストラリア
累計資金調達額:4億4,870万ドル
EXIT金額:29億ドル

豪州のメルボルンで設立され、2016 年にオーストラリア証券取引所に上場。その後、ニュージーランド、アメリカ、イギリス、カナダにも進出しており、アクティブユーザーは1,000万人超えを果たしている。海外展開及び、買収に積極的。2021年8月 米Squareが買収。

◆Affirm

企業名:Affirm
HP: https://www.affirm.com/
設立年:2012年
創業者:Jeffrey Kaditz, Max Levchin, Nathan Gettings
本拠地:サンフランシスコ ベイエリア
累計資金調達額:15億ドル

PayPal の共同創業者の一人、Max Levchinがアメリカで設立。2021 年にはカナダの BNPL 事業者のPayBrightを買収し、米 NASDAQ 市場にも上場。上場初日の時価総額は約 220 億ドルとなるなど大型のIPOとなった。

◆Klarna

企業名: Klarna
HP: https://www.klarna.com/international/
設立年: 2005年
創業者: Niklas Adalberth, SebastianSiemiatkowski, Victor Jacobsson
本拠地: 北欧 スカンジナビア
累計資金調達額: 37億ドル

スウェーデンのストックホルムで設立。
ヨーロッパ、アメリカオセアニアなどでビジネスを展開しており、世界最大のBNPL事業者である。スウェーデンで銀行免許を取得しており、預金サービスの提供も行っている。ユニコーン企業。

◆31歳のビリオネア・Nick Molnar〜学生時代〜

少し遠回りしましたが本題のNick Molnarについて。

モルナーの実家の家業は、宝石商でした。 両親は、シドニーのCBDにあるWynyard Stationで30年以上にわたりジュエリーショップを経営していました。

家業を手伝う中で、如何に新製品を売買して1ドルでも多く稼げるか、ということを常に考え続け、時には日本からヘッドフォンを輸入して販売したりと様々なことに挑戦し、商売のいろはを学んでいきました。

また2008年、弟のサイモンがeBayでジュエリーの販売を開始し、ほどなくしてニックが引き継いで、オーストラリアのeBayで最大のジュエリー販売業者に育て上げました。

その後eBayから独立したウェブサイトに移行することを決断し、アメリカ最大のオンラインのみのジュエリー販売店であるice.comをオーストラリアの市場に立ち上げました。

シドニー大学に入学したモルナーは、商学部で金融と国際ビジネスを専攻。
モルナーは、ここで学んだ、分析、財務モデリング、細部へのこだわりなどはAfterpayの創業/経営の意思決定におおいに役立ったといいます。

大学時代からe-コマース事業で成功したものの、大学卒業後は社会で仕事をする経験の必要性を感じていたモルナーはビジネスを続けながらも、投資銀行のM.H. Carnegie & Coに就職し、投資家になるという道を選びました。

彼を雇ったのは、ベンチャーキャピタリストであり、企業アドバイザーであり、より公平な経済を目指す運動家でもあるマーク・カーネギーでした。

カーネギーは『12ヵ月間は仕事を続けてもいいが、君はフルタイムでジュエリービジネスをやるべきだ』とモルナーを起業の方向に導き、高額商品よりも低価格のジュエリーを大量生産したほうが儲かると彼にアドバイスを贈ってくれた恩人となりました。

◆共同創業者との出会い

2012年、モルナーは、ベルビューヒルの郵便局に定期的に注文を出しに行っていたとき、隣人で当時投資会社ギネス・ピート・グループの最高投資責任者だったアンソニー・アイゼンから声をかけられたといいます。

アイゼンが夜遅くまで働いていると、同じく近所で夜遅くに寝室の明かりが点いているのを見て興味を持ったのが当時大学生だったニック・モルナーでした。

モルナーは宝石をオンラインで販売する中で、ユーザーに購入を促すために「後払い」という仕組みを導入しました。ジュエリーは高価なので、簡単に買えず、ユーザーには「後払い」というニーズが存在したのです。

実家が宝石商を経営し、宝石をオンラインで販売する経験をしてきたモルナーだからこそ気がついたニーズでしょう。

また2008年のリーマンショックを受けたときに、モルナーは同世代の消費トレンドの変化を感じたといいます。

それは、伝統的な金融商品であるクレジットカードに若者が懐疑的になっていたとことです。「親や親の友人が失業して、ミレニアル世代全体が『自分のお金は自分で使いたい、クレジットカードよりもデビットカードで使いたい』と言うようになったといいます。

そんなモルナーの事業アイディアに共感したアイゼンは出資者として、また共同経営者としてAfterpayに参画することを決めました。

◆創業からExitまで

Afterpayの設立は2014年。上場は2016年。そして2021年には3兆円超えの超大型買収劇に至るという凄まじいスピードで成長しました。

創業時、モルナーには小売業とEC販売の経験があり、アイゼンには金融の専門知識がありましたが、技術的な知識が不足していたため、大規模な業務での支払い処理に実績のあるTouchcorpと提携し、初期段階からしっかりとしたサービス開発を行いました。

Touchcorpは、当初Afterpayの主要株主にもなりましたがAfterpayの異常な成長速度の前に、2017年には逆にAfterpayに買収されるという特異な出来事も起こりました。

現金が不足している消費者は、BNPLによる分割払いモデルを歓迎し、売上を伸ばすことに熱心な小売事業者は、Afterpayに参画する小額(4%〜6%)の手数料を喜んで受け入れました。

このときAfterpayは、ユーザーに「どこの店舗でAfterpayを使いたいか?」というような質問を行い、ユーザーが望んだ店舗から優先的に開拓していったといいます。

瞬く間に成長したAfterpayは、2016 年にオーストラリア証券取引所に上場し、2017年にはニュージーランドに進出。 2018年にはアメリカ、2019年にはイギリス、2020年にはカナダにも進出するなど積極的に海外展開を実施。

2020年にはスペインの同業の Pagantis を買収し、欧州におけるビジネス展開を進めているほか、インドネシアの EMPAT KALI INDONESIA を買収し、アジア新興国市場へも挑戦しています。

コロナ禍による社会変容も大きな後押しとなりました。
ロックダウン中、アメリカのクレジットカードの利用率は30%下落しました。デビットカードも同じく下落しましたが、その後利用率は急回復しています。「クレジットからデビットへの明確なシフトがある」とモルナーは述べています。

◆なぜ3兆円もの価格がついたのか

今回Squareは、2021年7月30日のAfterpayの終値に30%を上乗せした水準で買収を決めました。

Afterpayの力強い成長は疑いようがありません。
2021年、Afterpayのアクティブユーザーは1,600万人を超え、利用業者も約10万件を誇ります。 流通取引総額(GMV)も2019年3.7B米ドルから2021年には15.8B米ドルへと大幅に成長しています。

先述のように、英語圏、ヨーロッパ、アジアへのグローバル展開も果たして(足がかりを掴んで)います。

Squareの買収目的は、下記にてSquare自身が発表しています。

https://squareup.com/jp/ja/press/square-announces-plans-to-acquire-afterpay?country_redirection=true

長文のため全文訳はできませんが、SquareはAfterpayを、送金アプリ「Cash App」の事業部とセラー事業部に統合する計画です。

これにより、Squareを導入している事業者の中で、比較的小規模な事業者にもBNPLサービスを提供できるようになります。

またAfterpayも、新たなカテゴリーとして対面型店舗を持つ事業者の獲得が促進されるでしょう。

Squareにとって、BNPLは、
・若年層を中心に消費者の嗜好が従来のクレジットから変化していること
・加盟店が売上を伸ばすための新たな方法を常に求めていること
・オムニチャネル・コマースが世界的に拡大していること
といった課題に向き合う大きな武器となります。

まさにSquareが欲しかった要素を、Afterpayが持ち合わせていたことが大型買収に繋がったといえます。

オーストラリアのスタートアップ界のスーパースターであり、世界のミレニアル世代を代表する一人となったNick Molnar。

シリコンバレーや中国以外の地域からでも、これだけ大きなスタートアップの成功が実現されたことを励みに、VCとして、日本でも彼のようなスーパースターを生み出す一助となれればと思います。

<参考メディア>
How this 30-year-old became Australia’s youngest self-made billionaire during the pandemic

A breakthrough business that’s changing how we shop

Square & Afterpay

拡大する Buy Now, Pay Later(BNPL)市場の動向と今後の展望

ANOBAKAコミュニティに参加しませんか?

ANOBAKAから最新スタートアップ情報や
イベント情報をタイムリーにお届けします。