こんにちは、ANOBAKAのたかはしゆうじ( @jyouj__ )です。
アメリカの議会襲撃事件、ミャンマークーデター、森喜朗氏の五輪組織委員会会長辞任……。国内外を問わず、2021年も波乱の幕開けとなりました。
株式市場も例外ではなく、日本では日経平均が30年ぶりに3万円台に到達したり、ユニクロの親会社ファーストリテイリングの時価総額がZARAを超えたりしました。
そんな株式市場で歴史に残るであろう事件が起きました。SPACの急増?GAFAの増収増益?いえ、GameStop事件です。日本でも大きく報道されたこともあり、耳にしている人も多いでしょう。
1月下旬、アメリカの個人投資家たちが団結してウォール街のヘッジファンドを打倒したとされる事件です。暴動などではなく、舞台はヘッジファンドに一日の長のある投資の世界です。
そこで今回の記事はこの事件について考察していきたいと思います。まずはこの事件に至るまでの個人投資家(ひいてはアメリカ国民)とウォール街の関係について読み解き、GameStop事件の概要を簡略に説明し、今後の株式市場について考察していきます。
(間違っている点、違う解釈がありましたら教えてもらえると助かります。)
目次
#1. ウォール街を占拠せよ! – 偏りすぎた富の分配
#2. GameStop事件 – Reddit民はダヴィデかレオニダスか
#3. 金融の民主化 – 中央集権化から地方分権化へ
#1. ウォール街を占拠せよ! – 偏りすぎた富の分配
実はGameStop事件の前にもアメリカ国民がウォール街に刃を向けた出来事がありました。
オバマ政権下の2011年9月17日から始まったアメリカの政治・経済のエリートおよび既得権益に対する抗議運動です。運動は半年以上続きました。参加者は実際にニューヨークのマンハッタンにあるウォール街で行進や座り込みを行いました。
We are the 99%
このころのアメリカでは2008年に起きたリーマンショックの不景気がいまだに尾を引いていました。企業倒産や失業率には回復の兆しが見えづらく、オバマ政権の経済政策に不満が高まっていました。
一方、富裕層の資産は年々増え続けていました。アメリカ人の上位1%の人間が富の1/3を独占しているとする研究データもありました。これはアメリカ資本主義の象徴的なピラミッド構造です。少数の富裕層が機関投資家にお金を預け資産運用することでさらに富を手元に集めることのできる仕組みになっていたのです。
今まではこの偏在した富の分布に対して、不満だけが高まるだけで国民は行動に移すことはできませんでした。しかし、この時代は「アラブの春」に代表されるようにソーシャルプラットフォームが台頭していた時代です。遠く離れた知らない誰かに直接自分の考えが伝えられるようになったことは大きな革命でした。
運動の経過
運動への参加はTwitterなどのSNSを通じて呼びかけられました。金融業界の象徴であるウォール街を数ヶ月占拠する平和的なデモの実施が企画されました。そして9月17日、若者を中心にデモが実施されました。
当初の主張ではワシントンの政治家への金満批判でした。反格差、反大企業主義です。他にも富裕層の優遇措置への批判や金融業界への規制強化が謳われていました。機関投資家などが使っていたコンピュータによる高速取引などが槍玉に上がっていました。政治家とウォール街によるアメリカ支配に強い抗議を見せたのです。
当初は若者中心で運動が行われていましたが、メディアによる報道や著名人の支持などもあってさまざまな層に拡大していきました。途中、警察の対応への批判から矛先がニューヨーク警察に向けられることもありました。
しかし、暴徒化する参加者も出てきており、逮捕者も増え次第に運動は鎮火していきました。また、この運動の参加者は保守派とリベラル、若者と中年問わず政治的主張の異なる人々がいました。ハッカー集団「アノニマス」もこの運動の手助けを行いました。
運動の評価
「ウォール街を占拠せよ」運動自体は沈静化し、思ったようにはなりませんでしたが、各界に与えた影響は大きかったようです。
オバマ政権の支持者も多く参加したことから、政権の方向に一定の軌道修正を行わなければなりませんでした。もちろんデモに対して否定的な見解を持つ識者もいました。
また、社会の分断についてはっきりと表面化しました。この分断を引きずったがために、史上稀に見る接戦だった「トランプvsバイデン」の大統領選に繋がったとも言えます。格差、貧困、歪んだ富の配分はアメリカ社会に分断という暗い影をもたらしたのです。階級闘争的とも言えますね。
この運動はアメリカ以外の国にも広がりました。イギリスやイタリア、オーストラリアでも似たようなデモが起こっています。これはTwitterやFacebookといったソーシャルプラットフォームを介して呼びかけや情報が広がっていました。個人がソーシャルプラットフォームを通じて連帯することは今回のGameStop事件の伏線となっています。
#2. GameStop事件 – Reddit民はダヴィデかレオニダスか
そして、今回起きたGameStop事件はオンラインの株式市場で起こりました。アメリカの個人投資家はヘッジファンドが得意とする投資の場で手痛いパンチを浴びせたのです。
事件の概要を説明しましょう。
WallStreetBets
コロナ禍の中、富の歪んだ分配は進行していました。金持ちはますます金持ちとなり、貧乏人は貧乏人のままでした。まるで御伽噺の導入パートのようですね。多くの企業が損失を出す中、ヘッジファンドは空売りをすることで利益をあげていました。
空売りとは、今後下がりそうな株に目をつけ、ブローカーから借りて売ります。その後、下がったタイミングで買い戻し、ブローカーに返却し、差額で儲ける仕組みです。ただし、返却には期日があるため、もしその間に株価が下がらなければ大損をしてしまいます。
今回の事件はアメリカの掲示板サイト「Reddit」から起こりました。Redditの投資コミュニティフォーラム“r/wallstreetbets“の住人がヘッジファンドのGameStop株の空売りに目をつけました。
GameStopはアメリカのゲーム小売チェーン大手です。しかし、近年はAmazonなどのEC企業に押されて落ち目でした。さらにはコロナで思うように店舗営業ができていませんでした。そのため株価はさらに下がると予想され、ヘッジファンドをはじめとして空売りを仕掛けていました。
しかし、2021年から風向きが変わります。ペットフードEC企業の創業者がGameStopの大株主となり、経営陣に参画しました。インターネットに明るい人材に加えて、PS5やXboxの新型販売という据え置きゲームの吉報でGameStopに期待の目が向けられることになりました。
だが、空売りを仕掛けていたヘッジファンドからすれば株価の上昇は損失につながります。空売りをより仕掛けることによって株価を抑えようとしました。しかし、空売りすればするほど需要に対して供給が追いつきません。実際、発行済み株式数より空売り株数の方が多くなっているというデータがありました。
WallStreetBetsの住人はこれをめざとく見つけ、協力して買い占めることでさらに供給を減らせることに気づきました。つまり、GameStopの株価を意図的に上げ、空売りヘッジファンドに一泡吹かせられる、と。上で述べたように空売り株の返却には期限がありますからね。
ダヴィデとゴリアテ
個人投資家たちは手数料無料の投資アプリ「Robinhood」を用いて、GameStop株を買い占めました。Robinhoodは金融の民主化を掲げ、初心者でも数タップで簡単に株取引を始められるアプリです。
これによって、WallStreetBetsのユーザーの思惑通りにGameStop株は異様な上昇が起こり、空売りを仕掛けていたヘッジファンドは大きな損失を出しました。株価が8倍になってしまったんです。
この「Redditユーザーvsヘッジファンド」の戦いは旧約聖書に出てくるダヴィデとゴリアテに例えられています。個人投資家よりも圧倒的に資金も知見も持っているゴリアテこと巨大なヘッジファンドを小規模資金しか持たないダヴィデこと個人投資家たちの連合が打ちまかしたというのです。
GameStopだけでなく、他にも空売りが仕掛けられていた映画館チェーンAMCや携帯電話メーカーNokiaの株もRobinhoodを通じて個人投資家たちによって売買されました。
結果的に運用面で優秀な成績を修めていた「メルヴィン・キャピタル」はこの事件で運用額の53%、約6000億円ほどを失うことになりました。他にも多くのヘッジファンドが損失を被りました。
しかし、個人投資家によるウォール街への進軍は思わぬ形で足止めをくらいました。
Robinhoodが突然の取引制限
1月28日にRobinhoodが突如としてGameStop株などに対して取引制限を行いました。特定の株を新たに購入することは規制され、売却しか認めないというものです。これによって、GameStop株が下落し、損失を被った個人投資家もいます。また、この制限がなければメルヴィンの損失は6000億円どころではなかったかもしれませんね。
これに対して、WallStreetBetsのユーザーは猛反発しました。Robinhoodがウォール街の既得権益側についたであるとか、さまざまな憶測を立てられ、アプリストアのレビューが大量の星1で埋まりました。Robinhoodには多数の抗議と訴訟が舞い込んできました。また、政界からも強い批判を受けました。ヘッジファンドは自由に株を取引できるのになぜ個人はダメなのか?、と。
Robinhoodのサービス名は金持ちからお金を奪い、貧民に分配する義賊からきています。開かれた金融を目指していたのにこのような形で批判されるのは皮肉なものですね。しかも、Robinhoodは「ウォール街を占拠せよ」運動に感化されて生まれたサービスだったんです。
1月29日になって、一転して一部制限はかけたままですが、取引を再開しました。Robinhoodが圧力を受けたように見えますが、実際には違います。簡単に言えば、Robinhoodの資金難が原因でした。
Robinhoodは決済を行う際に必要な処理を担う「クリアリングハウス」に預託金を納めなくてはなりません。その金額は株式相場が不安定になればなるほど大きくなってしまいます。今回の場合、GameStop株を買いたい人が売りたい人を大きく上回ったためにRobinhoodの用意しなければならない預託金が増え、買い注文だけを制限しなければRobinhood側が経営の危機に陥っていたということです。
Robinhoodはこの事態に対処するため、一時的に制限はしましたが、手は打っていました。セコイアキャピタルやa16zなどの既存投資家から総額34億ドルを数日のうちに調達しました。これによって、当面の資金難は免れることができ、取引の一部再開に持っていくことができたのです。ただし、政界からも監視の目がRobinhoodには強まってしまったため、IPO計画には暗雲が広がっています。
レオニダス王率いるスパルタ軍か
さて、Reddit民によって高値になったGameStop株には本当にその価値があるのでしょうか。実際のところ、ここまでの価値はありません。打倒空売りファンドの熱狂だけで吊り上がった実態のない株価に過ぎません。
そして、そういう株はいずれ暴落します。つまり、高値掴みした個人投資家の中には大損を叩く者が出てくるのです。誰がババを引くのでしょうか。
テルモピュライの戦いでレオニダス率いる少数しかいないスパルタ軍は巨大なペルシア軍に善戦して、強烈なアッパーパンチをくらわして戦場を掻き乱しました。さながら今回のReddit軍のようです。しかし、最後には全滅してしまいます。
それとは別に今回のGameStop事件で一番儲けを上げたのは他のヘッジファンドかもしれません。CNBCの記事によると、GameStop株を買っていて値段を吊り上げていたのは空売りしていないヘッジファンドだったのではないかと指摘するデータを提示しています。Senvest Managementといったヘッジファンドはこの件で莫大な利益を上げています。この見方から俯瞰すると、”個人vsウォール街”ではなく“ウォール街vsウォール街”だったのかもしれません。
ともあれ、個人の力や熱狂が市場に対して大きな影響力を持ったことは否定のしようのない事実として受け止めなければなりません。この事件についての善悪を語るつもりはありません。ただ、この流れを一つの起点として今後の株式市場について次章で考察してみたいと思います。
#3. 金融の民主化 – 中央集権化から地方分権化へ
GameStop事件で連携した個人の力をまざまざと見せつけられました。ヒエラルキートップのバラモンの喉元に剣を突きつけたのです。
崩れるピラミッド型の資本主義
この事件を考察する上で、個人の力を向上させた上に団結せしめたソーシャルプラットフォームについて触れなければなりません。
今回、彼らが主に使ったサービスはReddit、Discord、Robinhood、M1 Financeなどでした。Redditは上で述べてきたように掲示板サービスです。Discordも彼らWallStreetBetsの住民が集うサーバーで、コミュニケーションに使われていました。RobinhoodやM1 Financeは彼らが取引に使った手数料無料の株取引アプリです。
「ウォール街を占拠せよ」運動が呼びかけられたTwitterもそうですが、遠く離れた人に対して双方向的にコミュニケーションが取れるようになったことは予想以上の革命でした。インターネットやスマホが普及する以前は新聞やテレビ、雑誌、論文など一方向的な情報しか届けられていませんでした。つまり中央集権的な情報伝達だったのです。
しかし、Twitter、Redditのようなプラットフォームでは誰でも情報を伝えることができます。個々に発信のボールが分散化された状態なのです。一人一人が(質は高くないですが、)アナリストになってしまったのです。良し悪しは別にして、以前のように、ウォール街やエリートからの情報だけに左右されない構造ができてしまったのです。
そして、連帯した個人が投資の分野でピラミッドの頂上にいたヘッジファンドを逆に撹乱させたのです。シトロン・リサーチは今後は空売りレポートを公表しないことを表明しました。事実上の降参宣言でした。
少数によって支配された情報や通貨の流れは点在した個人にばら撒かれ、より自由になったとも言えます。
もちろんこれは危険なことでもあります。誰でも情報戦で扇動できるようになりました。ある人が儲けるために他の参加者を煽るかもしれません。ウォール街を攻撃するのに完璧な武器だったかもしれませんが、それは個人を自刃に追い込む武器になるかもしれません。いわば諸刃の剣です。
また、今回の結託は相場の操作にあたるかもしれないので、今後規制が入るかもしれません。
日本でもこういう動きになる可能性があります。打倒ヘッジファンドで連帯する可能性は低そうですが、単純に儲かりたいという動機からならありえない話ではありません。短期的な烏合の衆になってしまうことは否めませんが。
99%の”私”の影響力
個人の存在感が株式市場において大きなウェイトを占めることは間違い無いでしょう。今まで相場の価格を決めていたのは基本的には巨大な資本を持つ機関投資家およびヘッジファンドでした。
しかし、今後もGameStop事件のように個人が連携プレーを見せるならどうでしょうか。アナリストも上場する企業もスタンスが変わるかもしれません。少数が市場を操作できる中央集権は(一時的かもしれませんが)崩れ落ちたのです。
これは極端な話ですが、アナリストは昼夜Twitterや掲示板サイトに張り付いているかもしれません。市場動向や金融の理論を考慮しない個人の意見にも耳を傾けてレポートを出すでしょうか。個人投資家インフルエンサーに振り回されるのでしょうか。もはや株価の動向を決めるのは金融エスタブリッシュメントの特権ではなくなりました。99%の個人に敬意を示さなければなりませんね。
上場企業や新規上場を検討している企業はどうでしょうか。先ほども述べましたが、株価に最も大きな影響を与えるのは機関投資家およびヘッジファンドです。そのため、企業は彼らの存在に意識を向けて、決算説明や営業スピーチを行っていました。
だが、個人の力が増し、その集団が株価に影響を与える大きな要因になるなら、彼ら向けのスピーチやレポートが必要になってきます。個人投資家たちに耳障りのいい説明を同時にこなさなければなりません。金融のメインストリームが変わるかもしれないのです。
個人投資家はモブキャラなどではなく、メインキャラに昇格したということです。長い革命の歴史を通して、一人一人が政治に参加できる民主化の波がようやく金融業界にも訪れたのでしょうか。99%の”私”が主役です。
今回の事件は長期的に見れば大したことのない出来事なのかもしれません。しかし、間違いないのは個人の影響力はとるに足らないとして無視して良い存在ではもはやないのです。
そして、事件のあと、RedditやDiscordがスレッドやチャンネルを削除したり、Robinhoodが取引制限を行ったのを見て分かるように、分散化された情報やお金、エンパワーメントする個人を支える仕組みはまだ完全には存在しません。そういったインフラの構築がより重要になっていくでしょう。
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