著者: たかはしゆうじ( @jyouj__ )
現在、アメリカの巨大テック企業への締め付けが強化されています。アメリカの下院で実質的に”GAFA“(Google, Apple, Facebook, Amazonをまとめた日本で使われている総称)を対象とした独占禁止法改正案が提出されました。プラットフォーム上で自社のサービスを優遇することの禁止や競合企業の買収について厳しくさせることなどが盛り込まれています。
ただし、アメリカの政界の中では法案に否定的な人もいるため、成立するかどうかは不透明でしょう。しかし、もし成立すれば、将来的にこれら4社は会社を分割するシナリオが起きるかもしれません。この法案以前にも、Googleなどは独占禁止法でアメリカだけでなくEUをはじめとする各国で罰金を課せられています。そして、あまりにも巨大になりすぎた(と思われている)テック企業には常時、解体論争が巻き起こっています。
さて、巨大企業の解体は現実的にあり得ることなのでしょうか?そして、それは企業にとっても消費者にとっても良いことにつながるのでしょうか?過去、実際に分割されたAT&T、そして分割されなかったマイクロソフトの事例を見て、GAFA分割論について考察していきます。
Baby Bells – AT&Tの解体で開かれた電話市場
1980年、アメリカには超巨大な電話企業が存在していました。“AT&T”です。実用的な電話を世界で初めて開発したとして知られるグラハム・ベルの立ち上げたベル電話会社を前身としたこの企業は長距離電話事業や地域通信事業などを独占的に支配していました。また、数多くのノーベル賞を輩出したベル研究所を保有していました。(ベル研究所からはトランジスタや宇宙マイクロ波背景放射などが発明あるいは発見されています。)
AT&Tの圧倒的な支配力は「垂直統合」によるものです。ベル研究所で開発されたプロダクトをAT&T系列の機器メーカー“Western Electronics”が製造し、それを用いてAT&Tの通信事業部門が長距離および近距離の電話通信を行っていたのです。しかし、これは他のAT&T系ではない電話会社に対して不当な競争を強いるものでした。そのため、長い間、合衆国政府とAT&Tは独占禁止法で争っていました。
結果的のこの争いは1983年にAT&Tが地域通信事業を分離し、資本関係を断つことで終結しました。このAT&Tの解体によって生じた7社の地域通信事業会社を総称して”Baby Bells”と呼ばれています。これによって、AT&Tは大きく弱体化しましたが、合衆国の電話市場は解放され、健全な市場競争が起こるようになりました。
その後、Western Electronicsなども切り離され、AT&T自体は実質的に長距離電話事業を行う会社となりました。スプリントやMCIといった競合と価格競争にさらされ、また電気通信法の成立以降に”Baby Bells”も長距離電話事業に参入しました。最終的に”Baby Bells”の一つであるSBCコミュニケーションズに買収され、その歴史に終止符を打ちました。(なお、SBCはブランド名をAT&Tに改称しています。これが今あるAT&Tです。)
AT&Tの崩壊を見るに、アメリカ政府の独占禁止法運用が恐怖に映るかもしれません。もちろん、1983年の出来事はAT&Tのその後を決める一つの分岐点だったのでしょう。しかし、AT&Tの崩壊は実際には解体によるものが原因ではなく、その後の戦略ミスによるものでした。
AT&Tは解体後、禁止されていたインターネット事業に参入できるようになりました。1990年代、携帯電話事業者の”McCaw Cellular Communications”や大手ケーブルの”TCI”と”MediaOne”を買収しました。これらは新時代のインフラ事業者としてのAT&Tを象徴させました。
しかし、これによって財務状況が悪化し、インターネットバブル崩壊による不況も直撃し、AT&Tはその場を乗り切るための短期的な経営をしなければならなくなりました。結果的に成長事業をスピンアウトすることになりました。拡大戦略によって、縮小を強いられるという皮肉な結末となってしまったのです。
さて、AT&Tにとって悲劇の始まりだった”分割”はアメリカの消費者にとっても悲劇だったのでしょうか?いいえ、違います。アメリカの消費者にとってはAT&Tの独占状態がなくなることで電話料金の引き下げという恩恵を受けました。需要曲線と供給曲線の交わる点が是正されることによって、その時の適正価格でサービスを受けられ、不当に不利益を被ることはなくなりました。
AT&Tの解体は健全な市場を生み出したと言えるでしょう。そして、その競争が新たなイノベーションを引き起こします。独占禁止法の意義通りです。
悪の帝国 – 解体を免れたマイクロソフト
ところかわって1990年代後半。当時、新たな覇権企業としてビル・ゲイツの興した「マイクロソフト」が君臨していました。急速に普及していたインターネットにおける要である基本OSにおいて圧倒的なシェアを持っていました。さらにそれに留まらず、ExcelやPowerPointに代表されるOffice製品やブラウザなどインターネットのエコシステムにおける重要なインフラを数多く開発・展開していました。
まさにマイクロソフトなくしてインターネットの発展はなかったかのようでした。インターネットバブルの崩壊にも動じず繁栄を続け、「マイクロソフトはインターネットの半分」と評するにふさわしい会社でした。しかし、政府当局や一部の消費者、競合企業から「インターネット界の悪の帝国」とみなされていました。WindowsとOfficeを同梱することで他社に対して圧倒的なアドバンテージを有し、独占的な商売を行っているとされたのです。
そして、2000年に司法が決定を下しました。当時の裁判官はThomas P. Jackson氏です。彼はマイクロソフトをWindows OSのみを扱う会社とそれ以外のマイクロソフトアプリケーションを扱う会社の二つに分割するべきだと決断を下しました。マイクロソフトが解体されて”Baby Bills”の誕生が起きる可能性がありました。
しかし、結果としてマイクロソフトは解体されませんでした。2001年に判決は覆されました。Jackson氏が裁判中および裁判後に行った記者との個人的な会話からマイクロソフトに対して強い偏見を持っていることが認められたからです。つまり彼はビル・ゲイツを戦犯と見做し、公平な裁判ができていないと解釈されたということでした。
結局のところ、2001年後半にマイクロソフトはジョージ・W・ブッシュの発足したばかりの合衆国政府と和解し、マイクロソフトの独占論争に終止符を打ちました。競合サービスがWindowsとマイクロソフトのアプリケーションの水準近くまで連携することを認めたのです。
マイクロソフトの独占は果たしてインターネット市場における健全な競争を阻害しているのでしょうか。実際、この和解の後も、独占状態だとしてEUからの罰金を受けています。また、ほぼ寡占的にPCの標準OSとしてWindowsが搭載されており、消費者に実質的にPC購入の際、ライセンス料を取っています。これにより、マイクロソフトは高い利益率を実現しています。
しかし、PCのエコシステムにおいてはWindows以外の選択肢もよく知られています。AppleのMac OSやLinuxなどです。WindowsがいくらOS市場を座間していたとしても、AT&Tほどの(他に選択肢がない)独占には見えないかもしれません。
歴史にifを考えるのはナンセンスかもしれませんが、仮にマイクロソフトが分割されていたらどうなっていたでしょうか?もしかしたらそれぞれがさらに強大になっていた可能性もあります。Windowsを開発する会社はiPadよりも先にタブレット市場を座間していたかもしれません。アプリケーション開発会社はOfficeをiPhoneなど他デバイスでも最適化したり、Bingの開発に資金をさらに投じGoogleよりも検索エンジンのシェアを取っていたかもしれません。
競争はイノベーションを生み、企業を常にトレンドに敏感な状態にさせます。逆に寡占は企業を傲慢にさせることもあります。事実、マイクロソフトはその後のスマホ時代に勢力を一旦弱めることになりました。しかし現在では、AzureなどtoBの成長事業を確保し、再び成長を遂げています。
GAFA解体のシナリオ
さて、話を”GAFA”に戻します。今回の改正案がもし通ることとなれば、将来的に解体への可能性を内包することとなります。一方で通らなかったとしても、GAFAに対する監視の目は強まるでしょう。実際、EUやオーストラリアでは行政と衝突を起こしていたり、アメリカでもFacebookの競合買収について調査が行われたりしています。
もしGAFAが解体されたらどうなるでしょうか?これは善悪両面が存在します。良い面としては消費者にとってのデータ搾取が弱まるでしょう。現在でも各国がそれぞれ個人情報の保護に動いていますが、GAFAが分割されれば必然的にその流れは加速するでしょう。
また、プラットフォームの支配力が弱まればそれ以外の選択肢も自ずと出てくるでしょう。ピーター・ティールは「競争するな。独占しろ」と言いましたが、消費者からすれば適切な市場競争の中に出てきた健全な選択肢があった方がいいです。もしもAmazonのCEOがヒトラーであったらどうでしょう?自社の利益の追求のために競合を迫害し、消費者のあらゆるデータをサービス開発のために動員するでしょう。
さらには分割して誕生した”Baby GAFAs”がそれぞれ自社の発展のために更なるイノベーションを生み出すかもしれません。会社は大きくなりすぎると官僚化して、保守的になってしまいます。パソコン市場に固執して一時衰退してしまったマイクロソフトがその例として挙げられるでしょう。一方会社自体をマイクロ化することで、しがらみなく次の時代に向けた戦略を打てるかもしれません。
他方でGAFAをウォール街やスタンダードオイルのような「貧富の差」の象徴として感情的に分割を叫ぶのは健全な議論ではありません。それこそマイクロソフトに対するジャクソン氏のように恣意的な判決を生み出してしまいます。独占によって生まれたインターネットおよびデータ市場への弊害についてのみ焦点を当てるべきです。
では、GAFA分割シナリオにおいて悪い面はなんでしょう?まず第一にスタートアップエコシステムの停滞が挙げられます。Instagramの発展はFacebookの買収なしにはあり得ません。M&Aを機にさらに成長するというシナリオを考えていたスタートアップを萎縮させてしまいます。ただし一方で、GAFA以外にもスタートアップの買い手はいるので、一時的とも言えます。あるいは、”Baby GAFAs”がそれぞれ競争のためより活発に買いまくるというシナリオも考えられます。
次にアメリカ経済における影響です。知っての通り、2021年は米中対立真っ只中です。特にハイテク分野での覇権争いは深刻です。トランプ時代の華為やTikTokへの規制に始まり、アリババやテンセントの動きにもアメリカ当局は目を光らせています。中国のハイテク分野での躍進の横でGAFAの解体を行なってしまえば、アメリカ経済に対して不利な状況を自ら作ってしまいます。
GAFAという巨大な存在はいまや政治的にも経済的にも歴史的にも合衆国ひいては全世界の重要な懸案事項です。単純に解体してしまっては健全な競争市場が構成される可能性はありますが、同時に別の問題も生じてしまいます。なので、GAFAに対しての規制はある程度は現実的な判断を持った妥協ラインに落ち着くのではないかと予想されています。
巨大テック企業が今後どのような結末を迎えるのか?21世紀を生きる我々にとって目が離せません。
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