著者: たかはしゆうじ( @jyouj__ )
2021年の株式市場も大型上場が世界のあちこちで起こりました。特に”Coinbase”や”Grab”といったフィンテック企業、”Allbirds”などの有名D2C企業が相次いで上場を果たしました。名だたるフィンテック、D2Cセクターの企業が上場したことからこれら領域にとって、2021年は節目となるでしょう。
一方で、近年の株式市場での上場では従来のIPO形式を利用しない選択がテクノロジー企業に多く見られるようになりました。2020年はSPACでの上場が市場で大きなウエイトを占めました。それに加えて、2021年はダイレクト・リスティング(直接上場)と呼ばれる形式が特にユニコーン級のスタートアップに多く選択されるようになりました。
いったい、なぜダイレクト・リスティングが大型テック企業の間で高まっているのでしょうか。
#01. ダイレクト・リスティングを選択したテック企業
ダイレクト・リスティング(直接上場)という方式については後述します。ここではまず、ダイレクト・リスティングを選択した主なテック企業について見てみます。
ユニコーン企業がダイレクト・リスティングという選択を行うことが主流になりつつあるのは紛れもなくSpotifyの功績でしょう。2018年にSpotifyがダイレクト・リスティングを選択する以前はこの方式の例は時価総額や流通総額の少ない企業でしか見られませんでした。というのも、金融機関がサポートする伝統的なIPOよりも優れた方式ではないと半ば盲目的に(少しばかりのポジショントークを挟みつつ)信仰されていたからです。
しかしながら、Spotifyのダイレクト・リスティングは成功しました。上場後の株価は証券会社の手を借りずとも安定していました。その後、2019年のSlack、2020年のPalantirとAsanaの上場を経て、先行事例が蓄積され、2021年に上場したユニコーン組にはメジャーな手法の一つとしてダイレクト・リスティングは選ばれたのです。
ただし、Palantirなど「成功」とは言えないような上場も見られました。それでもダイレクト・リスティングをテック系スタートアップが選択するのはある種の「ウォール街への挑戦」が見え隠れしているのです。
#02. 伝統的なIPOの問題点
長らく主流であった一般的なIPOでは新株の発行によって資金調達を行います。その際、発行体となる企業は金融機関を多額の手数料を払い、サポートを受けます。仲介役として引受人となった金融機関は機関投資家などとの交渉により、公募価格を決定します。そして、事前申し込みと抽選を経て、新規株式公開に至ります。このような複雑な手続きを要するのは全ての新株を売り切り、株価を安定させるためです。
しかし、この伝統的なIPOは問題点を抱え込んでおり、それはウォール街が独占する資本主義のゲーム仕様でもあります。まず第一にこのプロセスでのIPOでは発行体が負担する手数料が高いです。IPOは金融機関にとって専門的なスキルと知見を活かす絶好のビジネスチャンスです。一般的に新規株式公開における収益の7%近くを手数料として徴収します。”IPOビジネス”として確立されているのです。
もう一つ大きな問題点としては公募価格と初値との間に大きな乖離が頻繁に見られることです。もちろん初値の方が高く、そのため新株の発行体である企業は公募時の過小評価された時価総額のせいで本来得られるはずだった利益を失っています。また、この結果必要以上の希薄化になってしまうので、既存投資家の不満も燻っています。本来であれば、IPOにおける収益の一部を手数料として徴収するので、金融機関としては公募価格と初値の乖離を最小限にする経済的インセンティブが働くはずです。しかし、そうはなっていません。金融機関はしばしばもう一つの顧客である機関投資家の利益の方を優先させてしまっています。大手の投資家は上質な投資情報を求めて金融機関に高額な手数料(現金あるいはソフトダラー)を投資銀行に継続的に払っているため、こちらを儲けさせようとする経済的インセンティブの方が強く働いているのではないかとよく指摘されています。
既存世界に対する強い懐疑精神や反骨精神を持つテック系ユニコーンは資本主義を独占するウォール街にも反抗的です。インターネットの思想は全ての人に開かれた世界、個人をエンパワーメントするものであるなら衝突は必然です。実際、Spotify以前にもウォール街の慣習に従わなかったテック・ジャイアントたちはいます。
例えば、2004年に上場したGoogleがそうです。Googleが使った方式は”ダッチ・オークション”と呼ばれるもので、主幹事が公募価格を決めるのではなく、指定された価格帯のなかで価格を引き下げ、最高値で入札した人から株を割り当てます。そして、価格はオークションの最低入札価格となります。この方式を取ることにより、Googleは透明な価格決定プロセスを実現しようとしました。しかし、Googleの崇高な哲学とは反対にこのIPOはうまくいきませんでした。
また、最近では金融の民主化に取り組む”Robinhood”も慣習とは違う上場を行いました。株式の通常よりも遥かに多い割合を個人投資家に割り当てました。Robinhoodユーザーに還元しようとしたのです。しかし、上場初日に急落してしまいました。同社の思惑とは反対に個人投資家たちを呼び込めなかったのです。
#03. ダイレクト・リスティングは最も民主的な上場?
さて、血気盛んで破壊的なユニコーンはダイレクト・リスティングをなぜ選び続けるのでしょうか。それはダイレクト・リスティングが他の上場手段に比べて民主的な方法と言われているからです。そして、今のところはSpotifyやSlackなど一定の成功を実績として持っています。
一般的に、ダイレクト・リスティングは仲介となる幹事の金融機関がおらず、既存株主が市場に直接、株式を売却します。この際、金融機関をファイナンシャル・アドバイザーとして起用することが定説的ですが、これは従来のIPOの際の手数料に比べると少ないです。また、取引価格は上場初日の需要と供給によって決まるため、既存株主は公募価格との乖離に悩む必要はありません。一方で、機関投資家などの大口投資家との調整などがないため、株価のボラリティが高くなります。
この他にもいくつかの特徴があります。伝統的なIPOに求められる既存株主のロックアップ期間を設定しなくても良いです。(規制改正によって、変わり始めたが、)一般的には新株を発行しないので、資金調達要素はありません。これによって、株価の希薄化を気にすることなく、資金以外の上場のメリットを享受することができるのです。
ダイレクト・リスティングが民主的と言われているのは上で見てきたように、上場までの間に従来では存在していた市場との分厚い壁が限りなく薄くなっているという点によるものです。取引価格が需要と供給によって決まるという点で、開かれた上場手段とも言えるのです。
しかし、この方法が全ての企業にとって常に金棒となるわけではありません。まず、株式市場で資金調達を行いたい企業は再考した方が良いでしょう。もちろん、ダイレクト・リスティングした後に社債の発行などで調達を行うこともできます。しかし、ダイレクト・リスティング後、転換社債型新株予約権付社債の発行を行ったCoinbaseのように矛盾を指摘されるケースも出てきています。
また、時間をかけた複雑な手続き、大口投資家との調整を行わないため、説明が不十分になりがちです。そのため、認知度が高く、ビジネスモデルが明快な企業ではない限り、魅力的な銘柄とはなり得ないでしょう。
#04. 規制改正により、資金調達も可能に
2020年12月22日にダイレクト・リスティングにおいて、アメリカで大きな変化が起きました。SECがニューヨーク証券取引所が申請した規制改正を承認しました。これによって、新規株式の発行を伴ったダイレクト・リスティングを行うことができるようになりました。つまり、ダイレクト・リスティングは既存株主への流動性提供の側面だけでなく、資金調達の側面も持つようになったのです。
この申請から承認まで一年あまり期間がかかりました。理由としては、引受金融機関などの審査がないため、伝統的なIPOに比べて投資家保護の水準が低下するのではないかという声が機関投資家から相次いだためです。それもあり、今回の規制改正承認の際、新たに設けられた新規株式発行を伴うダイレクト・リスティングには彼らに配慮した規定を設けています。
詳しくはNRIの大崎貞和氏のコラムをお読みいただきたいのですが、この記事でも簡単に説明します。まず、上場基準は初日に売る株式の総額が1億ドル以上であること、もし満たないのであれば初日に売る株式と未上場の時から存在する浮動株の合計が2.5億ドル以上であることです。そして、初値の形成においては若干複雑になってます。発行者ダイレクト・リスティング注文(IDL注文)と呼ばれるものです。
上場初日の取引開始時に新規上場会社によって出される注文で、その指値は有価証券届出書に記載された想定価格水準の下限の数値と同一のものとされ、その数量は新規上場会社が売付ける株式の総数と一致させるものとする。IDL注文のキャンセルや変更は認められない。上場時の初値形成は、IDL注文とそれに対当しようとする買い注文の需給状況を見極めながら取引所の指定マーケットメイカー(DMM)が遂行する。
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2021/fis/osaki/0105
この仕組みはダイレクト・リスティングを行う会社の雇ったファイナンシャル・アドバイザーが価格形成に不当な影響、恣意的な操作を行うのを防ぐ狙いがあります。このほか、さまざまなNYSEとSECの調整を経て、投資家保護の水準を一定程度満たしていると判断され、導入されることになりました。
#05. 伝統的なIPOは駆逐されるのか?
このようにダイレクト・リスティングが新株発行による資金調達機能を持った場合、主流であった伝統的なIPOは支流に追いやられてしまうのでしょうか。アメリカのVCや未上場企業に多く投資するエンジェル投資家はそうなることを望んでいる様子が窺えます。
ただ注意しなければいけないのが上場は投資家の需要によって成功の是非が決まるという点です。しかし、ダイレクト・リスティングはそれが見えづらくなっています。伝統的なIPOでは仲介する金融機関のお墨付きのもと、株式市場において大きな力を持つ機関投資家などにリーチできます。手数料という相応のコストの見返りに確実性の高い資金調達が行えるのです。結局のところ、ダイレクト・リスティングではコストを惜しんだがために、想定通りの調達額に満たない可能性があります。そうなると、ダイレクト・リスティングで成功する企業はユニコーンのなかでもさらに一握りになりそうです。
今後はSPACも含めて、伝統的なIPOやダイレクト・リスティングなどがそれぞれ一定のパイを持って、共存していく形になると思います。一見、変化を好まないように思われる株式市場ですが、新たな挑戦や多岐にわたる選択肢を用意する姿勢が見られます。このような革新的な姿勢こそがアメリカの株式市場に志を持った企業と大金を持った投資家が集まってくる理由なのでしょうか。