著者: たかはしゆうじ( @jyouj__ )
2020年は紛れもなく「SPACの年」でした。
新規上場の約半数にあたる248社のSPACが上場しました。また、2020年にSPACとの合併を完了した企業は64社にのぼります。ブームとなっているのを裏付けるかのように、セリーナ・ウィリアムズやNBAスターなどの多くの著名人、アスリートがSPACに参戦しています。
ニコラやオープンドアなど将来を有望視されているスタートアップもSPACを使った上場を選択しています。しかし、SPACと合併した企業は上場時には話題になりますが、日本ではその後を語られることがあまりありません。
そこで、今回は2020年にSPACと合併が完了した企業64社のその後の株価、業績、経営上のニュースなどを調査してみました。データをもとにいくつか分析、および考察をしていきます。
はじめに
今回は2020年にSPACと合併が完了した企業64社を調査しました。以下に調査に使ったデータベースおよびサイトを列挙します。
- “SPAC TRACK” – 社名と合併日
- “NASDAQ“のチャート – 株価
- “Crunchbase” – 企業の設立日、本社、カテゴリ
- “Google Finance” – 企業の業績、財務状況
使用した株価のデータは合併完了時を基準にしています。合併のアナウンス日ではありませんのでご注意ください。以下述べるデータやニュースは2021年6月10日時点のものです。
また、今回調査データを整理しやすいようにスプレッドシートにまとめました。全64社の“合併日”、“ティッカーシンボル”、“設立年”、“本社所在地”、“カテゴリ”、“利益の有無”、“合併時の株価”、“騰落率”、“1ヶ月後の株価”、“3ヶ月後の株価”、“半年後の株価”などの項目があります。
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(データに不備があった場合はこっそり教えてください……!)
2020年のSPAC概況
2020年にSPACと合併した企業の属性について見ていきます。本社所在地としてはアメリカの証券市場での上場なので、アメリカ籍の企業が最も多く52社でした。次に多いのが中国(香港も含む)で6社あり、ドイツやメキシコ、ヨルダン、スイスなどが一社ずつ続きます。企業の設立年は2011年〜2017年が最多でした。意外にも2000年以前に設立された企業も高い割合で存在しました。また、2018年以降に設立された超新興企業も一定数あり、SPAC上場の特徴が見て伺えます。
カテゴリ別を見ていきましょう。(ただし、厳密に分けているわけではないのでご了承ください。)
最も多いのがインターネット関連の企業で18社です。この中にはソフトウェア開発企業やIoT、EC、フィンテック、不動産テックなどを含みます。そして、次に多いのが製造業で13社でした。その中でも特にEV関連企業(バッテリー開発も含む)が多く、7社存在します。SPACはEV系や宇宙系の企業にとっての主流な上場手段とも言えます。また、バイオ系も多く、収益化がまだできていないジャンルの企業が資金調達の手段としてSPACを使っているケースが目立ちます。
他にもメディアやeSports、ギャンブルなどを含むエンターテイメント系、植物ベースの代替品開発を行う食品系なども見られます。面白いのが、石油・天然ガスの開発やレアアース生産事業者などマテリアル系の企業が一定数いるところです。SPACの利用は多分野で見られています。
64社のうち2020年度通期の業績で赤字だった企業は50社にのぼります。上の図は2020年通期の業績と2019年通期の業績を比較したときの収益、純利益の変化を表にまとめたものです。比較データの取れた62社を対象にしています。また純利益の増加、減少にはそれぞれ赤字の縮小、増大を含みます。
収益が増加した企業は半数以上になっています。2020年はパンデミックの影響などで世界的にも厳しい経済情勢の中、順調に成長している企業が多いのは良いことです。収益が増加していながら、純利益ベースで減少している(主に赤字が増大している)のは新興企業に多いです。例えば、”DraftKings”はファンタジースポーツ領域でスポーツベッティングを展開しており、成長を加速させるためマーケティング費用を惜しまず使っています。
一方で、中国の英語教育を展開する”Meten EdtechX Education Group”のように収益悪化、赤字が増大している企業もいくつか見られます。また、EV関連企業やバイオ系の企業に多いのですが、研究開発がメインで商用化されていないため、無収益で赤字が増大している企業が9社あります。しかし、彼らに対しての評価は収益性より将来性なため、投資家が注目するのは実現性と実用性でしょう。逆にそこが一度揺らぐと、後述しますがニコラのように空売りレポートが公開され、SECに捜査されてしまいます。
株価の推移
次に合併完了してからの株価の推移を見ていきましょう。SPACは例外的なものを除いて通常は$10で上場時に株式を発行するので、これを基準に合併時の株価を比較してみました。
NASDAQのチャートをもとに比較してみると、64社の合併時(※合併アナウンス時ではない)の株価の中央値は$11.98になりました。合併時に$10を超えている企業は44社にものぼります。データの取り方によって多少の誤差はあるかもしれません(実際、$10付近の株価も多い)が、これは希釈化の観点から見ると多少不可解なことです。実際、スタンフォード大学のクラウズナー教授らが2019年から2020年6月に合併したSPACを調査したところ、中央値は$6.67になったようです。
これらの理由として2つの仮説が考えられるのではないでしょうか。一つ目は2020年にSPACブームとなったことで、個人投資家を含むセカンダリーの投資家の好感です。二つ目は、将来性が期待される有望な企業が株式上場の手段として用い始めたことです。以前までのSPACは「裏口入学」と揶揄されるような、市場から締め出されていた企業が主に使っていました。しかし、今や”オープンドア”などの大型スタートアップやIoT分野で大きく知名度を持つ”Vivint Smart Home”といった企業が目立つようになりました。それを裏付けるかのように2020年上半期だけの合併時の中央値は$10.38でした。2020年を通して、SPACが盛り上がるにつれ、注目度の高い企業が多く上場していったのではないでしょうか。
しかし、バブルである可能性も無視できません。1ヶ月後の株価を合併時の株価と比較すると、64社中39社が下回りました。3ヶ月後の株価が1ヶ月後の株価を下回っていたのは64社中32社と実に半分でした。さらに半年後には46社中29社が3ヶ月前の株価から下回っています(18社は合併からまだ半年経っていないため比較不可)。ただし、これは通常のIPOでもしばしば見られることなので、単純に「SPAC上場だから!」とは言えないので注意が必要です。
この項の最後に、他に興味深い株価についての動きについて見てみます。中国系(香港拠点含む)の企業のパフォーマンスが冴えない点です。一時、$20以上の高値をつけた会社もありますが、どの会社も最近では$10以下で低迷しています。例えば、中国のエドテック企業”Meten EdtechX Education Group”は合併時には$20以上でしたが、徐々に下がっていき、4000万株を$1で公募してからは$1以下で推移しています。
また、EV関連企業については後述する不祥事や競争の激化などで高値からの下落が激しいものもあります。ニコラは一時$70前後まで行きますが、現在(6月10日時点)では、$15付近を推移しています。ゲームギャンブル系の”DraftKings”や”Skillz”は株価が高くなる傾向にあり、この領域への注目度や期待が見て伺えます。
特筆すべきその後のニュース
最後に、SPAC上場後で特筆すべき企業及びカテゴリのニュースをいくつか見ていきたいと思います。
EV領域は不祥事や疑惑が次々に
SPAC上場で代表されるカテゴリの一つ「EV」ですが、ほとんどの企業が収益を立てられておらず(つまり、車を一台も売っていない)、財務基盤はやや弱いです。そのため、経営状況に疑惑の目を持たれることが多く、よく空売りレポートの標的となっています。また、最近では”フォード”などの大手自動車メーカーも本腰を入れるなど、競争が激化している市場です。
代表的なのが“ニコラ”です。2020年6月にSPAC上場し、あのイーロン・マスク率いる”テスラ・モーターズ”のライバルとして大いに注目を集めました。株価は一時$70前後までいきました。しかし、“ヒンデンブルグ・リサーチ”がニコラの技術詐欺疑惑の空売りレポートを出すと事態は急転します。株価の大幅な下落、創業者の退任、SECの調査開始、GMの提携見直しといった悪材料がニコラを襲いました。
他にも揺れるEV企業が2社あります。1社は2018年に設立され、2020年10月にSPACと合併した“Lordstown Motors”です。同社は電気トラックの開発を行なっていますが、2021年から暗雲が立ち昇っていました。2月には郵便トラックの契約競争に敗北し、3月には予約受注台数水増し疑惑が指摘されました。2社目は2020年12月末にSPAC上場した“Canoo Holdings”です。同社は2021年初めに他自動車企業に技術提供しない方針に転換し、韓国の現代自動車との契約が空中分解し、5月の決算発表会でSECの捜査を受けていることが判明しました。SECの捜査範囲は広く、SPACとの合併からCanooの業績、幹部の離脱にまで至ります。
Velodyne Lidarは経営陣との対立が起きる
1983年にアメリカで設立された老舗の製造企業”Velodyne Lidar”では内紛が起きました。Velodyne LidarはLiDAR事業を中核にしており、自動運転の盛り上がりに呼応して注目を集めています。しかし、業績は芳しくなく、売上は下落方向、赤字も増大しています。そして、戦略方向性などの疑問もあってか、2021年初めに、創業者のDavid Hall氏は取締役を辞任しました。
ところが、彼は2021年6月に突然Brad Culkin氏ら取締役の辞任を要求しました。Hall氏の主張では、自身の辞任後(これは不当だとも訴えているが)、50%も株価が下落したこと、Gopalan氏がCEOに就任してから収益が減少していること、Culkin氏ら取締役会が株主のために行動していないことを辞任要求の理由に挙げています。
好調・積極的な企業も
SPACはその特性上から株式市場へ公開する水準にない企業も公開できてしまいます。そのため、上場後にネガティブなニュースが駆け巡ることもあります。しかし、もちろんのことですが好調な企業も多く存在します。SPAC上場によって、新たに資金を手に入れたことで積極的な経営を取れるようになりました。
例えば、2020年12月末に合併した“Porch Group”を見てみましょう。Porchは住宅関連事業を買収などによって複数保有している企業です。住宅リフォーム、修繕、住宅診断、引っ越しサービスなどを展開していました。そして、PorchはSPAC上場後1ヶ月を経たないうちに、4社買収したことを発表しました。これによって、同社は家財保険領域や屋根業者向けSaaSの領域に参入します。
時代の流れもあって、好調なのは植物ベースの代替食品を開発する企業です。“Whole Earth Brand”は植物由来の代替甘味料の開発・販売を行なっています。同社は12月に同業の”Wholesome Sweeteners”を買収しました。代替甘味料のポートフォリオを拡充することでこの領域のトップリーダーとなることを目指しています。他にもオーガニック野菜を使った冷凍食品を開発している“Tattooed Chef”がこの領域では注目を集めているSPAC上場組です。
また、医療用大麻事業を行う“Clever Leaves Holdings”や上記でも幾度か述べてきたゲームギャンブル領域の“Skillz”や“DraftKings”などは順調に収益を拡大しています。
おわりに
今回、2020年にSPAC上場した企業を分析することで、企業の属性、SPACブームによる市場の感情変化、SPACの危険性、その後の動きを見ることができました。
日本でも”SPAC”を導入するかが現在検討されています。しかし、重要なのは上場手段ではなく、その企業の将来性や価値などといった本質の部分です。良い企業は良いし、悪い企業は悪い。SPACで上場したからといって、きちんとリターンを出している企業もあります。この点は従来のIPOでも一緒です。
SPACの普及は個人投資家などに未公開市場へのアクセス手段を新たに提供します。それも手を出しやすい株価で。投資家にとって重要なことはブームや看板に踊らされず、SPACの構造を理解し、それぞれの企業の真贋を見極めた上で投資することでしょう。
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