本文:三浦 輝(@hkr_miura)
前回の記事では、中国のモバイルバッテリーシェアリングサービス業界において急成長を遂げた企業「怪獣充電」を紹介しました。
特色ある文化や制度の相互作用によって形成された中国のビジネスエコシステムにおいては多岐にわたる分野において急激な成長を遂げる企業が誕生しています。
今回の記事では、オンラインフィットネス事業を起点として発展を続け、現在では3億人を超えるユーザーを抱えるに至った企業「keep」について紹介していきます。
前回の記事と同様、始めにkeepの基本情報を紹介した後、その成長戦略の考察をしていきたいと思います。
◆Keep
企業名:keep (北京卡路里科技有限公司)
本拠地:北京
設立年:2014年
HP :https://www.gotokeep.com/
keepは中国において総合的なフィットネス事業を展開する企業です。オンラインでのフィットネス事業を始め、独自のスポーツウェアブランドまでもを展開するkeepは、現在3億人を超えるユーザーを抱えています。
keepは主に次の3つの領域においてフィットネス関連の事業を展開しています。
オンラインフィットネス事業
keepはそのメインの事業として、オンラインフィットネスレッスンを提供するアプリを運営しています。
ユーザーはkeepが提供する1200本以上のフィットネスレッスンの中から自分にあったレッスンを受講することができます。
keepのアプリの第一の特徴は、徹底的に個々のユーザーに合わせたフィットネス体験の提供にあります。
アプリの様々な場面で「達成したい目標」や「レッスンの感想」などの質問が表示され、keepはそれらへの回答をAIで分析することによって一人ひとりのユーザーに最適なレッスンをレコメンドします。
keepのアプリの第二の特徴は、そのコミュニティの運営にあると言えます。
keepのアプリには、「社区」というSNSのようにユーザーが自由に投稿し、それに対して他のユーザーが「いいね!」やコメントをすることができる機能があります。
「社区」では、自らのトレーニングの進捗やお勧めの健康食品などのシェアが行われています。
そして第三の特徴は、ユーザーを巻き込んだレッスンの展開と言えるでしょう。
keepは、コミュニティ内でのユーザー自らのレッスンの様子の公開やライブでのレッスンを通してユーザー参加型の事業を展開しています。
フィットネス関連商品の販売事業
オンラインでのフィットネスレッスンに留まらず、keepは健康食品やスポーツウェア、さらにフィットネス用のハードデバイスなどの販売も行っています。
keepの販売するスマートウォッチやスマートエアロバイクは、AI技術を用いてユーザーの運動の効率化をサポートします。
オフラインのジム「keepland」の運営事業
keepはオフラインのジム「keepland」を運営し、現実の世界においてもフィットネスレッスンを展開しています。
keeplandはレッスンの受講者に配られるスマートウォッチなどから得られるデータを用いて、従来のジムとは異なる効率化されたレッスン体験を提供しています。
さらに、keeplandではレッスン内で獲得したスコアに基づいてユーザーがランキング付けされます。レッスン後には上位3位までのユーザーが決定され、keeplandにおいて複数回の入賞を果たしたユーザーはレッスンの無料化などの特典を得ることができます。このランキング制度はkeeplandのユーザーの継続的なレッスンへの参加を促しつつモチベーションの維持にも繋がっているそうです。
keepの成長戦略
ここからは、keepが3億人を超えるユーザーを抱えるに至ったその戦略を見ていきます。
簡潔に述べると、keepは
①市場のタイミングと顧客の需要を適切に捉えて成長し、
②強固なブランドの育成とコミュニティの拡大によって発展を続ける企業
であると言えそうです。
それぞれについて詳しく見ていきましょう。
まず、①市場のタイミングと顧客の需要を適切に捉えた成長についてです。
keepの創業は2014年ですが、これはフィットネス業界への参入にぴったりのタイミングであったと言えます。
爆発的な経済発展を続ける中国において、2014年前後には急速に「健康」への注目が高まっていました。生活習慣として健康のための運動を取り入れる人は増加の一途をたどっていましたが、しかし一方でジムをはじめとしたフィットネス施設が不足していた実情がありました。
国民的なフィットネスへの意識の高まりは、2016年に政府によって「国民健身計画」が制定されたことにも表れています。
こうした中で、国民的なフィットネス意識の高まりと場所を選ばないオンラインフィットネスへの需要を巧みに捉えたkeepは、適切なタイミングでの創業をすることができたと言えそうです。
さらにkeepはアプリのリリース後も顧客の需要を把握し、サービスの改善を繰り返すことによって成長を続けました。
例えば初期のkeepの利用者の内大きな割合を占めていた学生のユーザーは、主に夜間にkeepのフィットネスサービスを利用していました。しかし大学などが運営する寮に住んでいることの多い彼らは、大きく体を動かすことで発生する騒音に悩まされていました。
そこでkeepは、「ゼロノイズシリーズ(零噪音)」をリリースし、ゆっくりと体をほぐすストレッチをメインとした騒音を発生させないトレーニングを取り入れました。
このようなアジャイル型の開発を行ったkeepはサービスのリリース後急速に発展し、創業から3年で1億人を超えるユーザーを獲得することができました。
余談になりますが、ユーザーの需要を適切に捉えたサービスの運営は、keepのアイデア自体が創業者である王寧自身のダイエット体験に基づくことも関係していそうです。keepの創業アイデアは、王寧の「自身のダイエットの成功体験を多くの人にシェアしたい」という思いに始まります。
オンラインフィットネス市場での位置を確かなものにしたkeepは、その後更なる成長を追い求めて事業を拡大していくこととなります。
次に、②強固なブランドの育成とコミュニティの拡大による発展についてです。
オンラインフィットネスレッスンでのある程度の成功を収めた後、keepは次の主に次の2つの側面から成長戦略を構築しているように思えます。
1つ目の側面としては、「フィットネス分野における多角的な事業展開による強固なブランドの育成」です。
上にも述べたように、keepの事業はアプリ上でのオンラインフィットネスレッスンのみに留まらず、keeplandを通したオフラインへの進出やスポーツウェアブランドの展開を始めとして様々な領域に拡大されています。
オンライン上で得たユーザーのフィットネスライフをkeepの製品で囲い込み、ユーザーの生活に密着した強いブランドを育成していると言えるでしょう。
keepのアプリやkeeplandのジムからkeepの利用を始めたユーザーは、自分のフィットネスライフをさらに向上させるためkeepとの繋がりを深めていくのです。
例えば、keepのアプリによって自宅でのフィットネス体験を始めたユーザーは、次に更なる健康を求めてkeepのデバイスや健康食品を利用するようになるかもしれません。さらにkeepのオンライン上でのコミュニティにおいて「仲間と楽しくフィットネスに取り組む体験」を積んだユーザーは、現実のkeeplandに通ってみたいと思うようになるかもしれません。
2つ目の側面としては、「フィットネス市場を再定義して拡大しつつ、ユーザーのモチベーション維持を図るコミュニティの醸成」です。
keepには上にも紹介した「社区」と呼ばれるユーザー同士が交流することができる機能があります。
フィットネスアプリにSNSを融合した「社区」がもたらした主な効果については次の3つの観点から考えることができます。
・トレーニングの成果をお互いにシェアできる点
→「人からよく見られたい」「達成感を味わいたい」といったフィットネストレーニングの背後に存在する根本的なニーズにマッチし、ユーザーのモチベーションに繋がる効果・「社区」はkeepのアプリへの有名人の参入やコミュニティ内でのインフルエンサーの誕生を可能にした点
→有名人のトレーニング姿を親しみを持って閲覧できることは、コミュニティの活性化に繋がる効果・「社区」によってkeep内でのコミュニティ意識が高まる点
→ユーザーのアプリの継続率を上昇させるとともにkeepの展開する他の製品やサービスへの信頼感を高める効果
このような効果をもたらす「社区」に加えてkeepは
・毎日のフィットネス記録を貯めることによってアプリ内ゲームの物語を進めていくゲーミフィケーションの機能
・音楽を利用したレッスンやライブパフォーマンス
などによってフィットネスをより大衆化して「ライト」な層を市場に取り込むことに成功していると言えます。
これまでは「運動をしたい」「健康を保ちたい」と思った人が自ら調べてサービスを利用することが一般的であったフィットネス業界において、keepはフィットネスを「新たなライフスタイル」として提案し市場を再定義・拡大しているのです。
keepの今後
この記事では、市場のタイミングと需要を適切に捉え、強固なブランドとコミュニティの育成によって急成長を遂げたkeepについて紹介してきました。
事業を多角的に拡大することで中国におけるフィットネス市場と共に成長を続けてきたkeepは、2021年に入ってからシリーズFにおいてソフトバンクなどから約370億円を調達しています。
2022年までのIPOを計画し更なる成長を見込むkeepが、私たちの健康をどのように変革してくれるのかに注目していきたいと思います。
<参考>