ANOBAKAの松永です。
日本人の中で「原子力」とう言葉に怖れや忌避感を持つ方は多いかもしれません。
広島・長崎における原爆被害の歴史、10年前の東日本大震災における東京電力福島第一原子力発電所の事故の記憶も新しいかと思います。
「人間がコントロールできる代物ではない」
「人が自ら生み出した、人類を滅ぼす悪魔の技術」
そんな印象を持つ方もいるかもしれません。
3.11以降、ドイツ、スイス、台湾、韓国が脱原発を表明するなど、世界でも脱原発の流れが起こりました。
しかし10年を経て、脱炭素を目指す世界の流れに沿った技術として、各国が改めて注力しつつあります。
菅前総理が発した「2050年・カーボンニュートラル宣言」を実現する手段として、日本でも今後も議論が続く重要な分野です。
今回は原子力発電の重要性と世界で立ち上がる原子力スタートアップを紹介したいと思います。
◆原子力発電の歴史
1942年、アメリカで世界初の原子炉の実験が行われました。無論、世界大戦の最中のこの実験は、発電ではなく爆弾の製造過程の第一歩でした。
その後、1951年にアメリカで世界初の原子力発電が実施され、1953年のアイゼンハワー大統領による『Atoms for Peace』と呼ばれる「原子力の平和利用」を謳った演説後、世界的な原子力の平和利用の流れが強まりました。
そして、1957年に国際原子力機関(IAEA)が設立されました。日本でも日本原子力発電株式会社が設立され、1963年に東海村にてはじめて原子力発電が行われました。その日を記念して、毎年10月26日は「原子力の日」とされています。
1970年代はオイルショックなどもあり、先進国は安定的なエネルギー確保を目指し、原子力発電への注目を高めていきます。しかし、1979年の米国ペンシルバニアのスリーマイル島の原発事故や1986年のチェルノブイリ原発事故により、 脱原発を宣言する国も出始めて1980年代には原子力利用は低迷期に入ります。
1990年代に入ると、新興国の急激な経済成長による世界エネルギー需要の高まりや、地球温暖化問題への取り組みがはじまり、新たな原発建設の流れが起こりました。
そして冒頭に記載の通り、福島の原発事故後に再び脱原発の流れが起こったものの、最近のカーボンニュートラル・CO2削減という世界的課題の深刻化とイノベーションによる原発の安全性の高まりから揺り戻しが起きつつあります。
◆原子力エネルギーの特性
原子力エネルギーの特性は以下の3つです。
①安定供給(Energy Security)
・優れた安定供給性と効率性(燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる準国産エネルギー源)
・高い技術自給率(国内にサプライチェーンを維持)
・レジリエンス向上への貢献(回転電源としての価値、太平洋側・日本海側に分散立地、需給ひっ迫時の貢献)②経済効率性(Economic Efficiency)
・運転コストが低廉(安全対策費用や事故費用、サイクル費用が増額してもなお低廉)
• 燃料価格変動の影響をうけにくい(数年にわたって国内保有量だけで運転可能③環境適合(Environment)
・運転時にCO2を排出しない
資源エネルギー庁:原子力政策の課題と対応について
・ライフサイクルCO2排出量が少ない
特にエネルギーの安定供給性と効率性には、他の発電方法と比べて圧倒的な強みがあります。
また原子力発電のCO2排出量は水力・地熱発電に次いで低い水準となっており、カーボンニュートラルを進める上で重要な発電方法の一つであることが伺えます。
◆原子力発電の新しい潮流・SMR
カーボンニュートラルの実現を目指す上で、原子力発電技術は大きなポテンシャルがありますが、リスクの大きさも無視できません。
ただ原発の技術も大きく進化しており、福島第一原発の事故を受けてメルトダウンを防止する新しい技術を搭載した「第3世代プラス」と言われる新しい原発も登場しつつあります。
第1世代炉は、1950〜60 年代頃に開発された初期の原子炉で、発電容量も小さく2015年にはすべて引退しています。
第2世代炉は、1960 年代後半から1990 年代末頃に建設された商業用炉です。現在、世界で運転中のほとんどの原子炉が第 2 世代炉で、多くが30年〜40年の設計寿命を見込んで設計されました。しかし、多くの場合は運転期間を延長しており、アメリカでは運転中の94基のうち、82基が60年運転、4基が80年運転の延長認可を取得しています。福島第一原発もこの第2世代炉になります。
第3世代炉は、第2世代炉を進化させた改良型炉です。世代分類に明確な定義はないようですが、1996年に稼働した東京電力の柏崎刈羽 6,7 号機が第3世代炉の先駆けと言われています。基本設計から60年の寿命であり、最大120年迄延長できるといいます。
そして、第3世代炉の安全性・信頼性・経済性が向上させたものが第3世代プラスと言われています。
2018年に中国で稼働した米国ウエスチングハウスの「AP1000」をはじめ、第3世代プラスの時代が幕を開けはじめました。
(そう、東芝を追い込んだあのウエスチングハウス社です。)
そして最近のトレンドとして、SMRといわれる小型モジュール炉(Small Modular Reactor)にも注目が集まっています。
SMRの特性の一つに高い安全性があります。
原子炉出力が小さいことから冷却機能喪失時に自然冷却による炉心冷却が可能なことに加え、重力による冷却水の注水など受動的機器の採用により安全性が強化されています。
福島第一原発事故で、ヘリからの海水の放水シーンを覚えている方も多いでしょう。冷却機能喪失時に自然冷却ができることは、日本の原発事故の経験から絶対に達成すべき技術といえます。
またSMRは、その多くを工場で組み上げることで品質の向上と工期の短縮ができ、低コスト化が図れるとされています。
※2030年代以降の技術とされる第4世代炉はまだまだ実用化の目処は立っていません。
次は、SMRをはじめ新世代の原発技術を持つ世界のスタートアップを紹介したいと思います。
◆世界の原子力スタートアップ
◆NuScale Power
企業名: NuScale Power
HP: https://www.nuscalepower.com/
設立年: 2007年
創業者:Jose N. Reyes、Paul G. Lorenzini
本拠地: West Coast, Western US
累計資金調達額: 2億3,400万ドル
立地条件やエネルギー需要に応じて最大12基の原子炉でプラントを構成するSMRを開発。2020年に史上初めてSMRで米国原子力規制委員会の設計承認を取得し、アイダホ国立研究所内で2029年の運転開始を目指しています。
また2021年に日本の日揮ホールディングスやIHIなども出資しています。
◆OKLO
企業名: OKLO
HP: https://oklo.com/
設立年: 2013年
創業者:Caroline Cochran, Jacob DeWitte
本拠地: サンフランシスコ
累計資金調達額: 不明 (シード期にY Combinator等が出資)
超小型高速炉「オーロラ」を開発。原子炉の冷却に水を使わない設計であり、少なくとも20年間、燃料交換なしで熱電併給を続けることができます。
2020年に原子力規制委員会に建設・運転一括認可を申請しており、2020年代半ば迄に、アイダホ国立研究所敷地内で「オーロラ」の着工を目指しています。
◆テラパワー
企業名: TerraPower
HP: https://www.terrapower.com/
設立年: 2008年
創業者:Edward Jung
本拠地: シアトル
累計資金調達額: 不明 (シリーズA)
ビル・ゲイツが会長を務めている原子力開発スタートアップ。ナトリウム冷却高速炉「ナトリウム(Natrium)」を開発しています。ナトリウムを冷却材に利用することで、高温になっても内圧を低く設計できるので、事故時の安全性が高いと言われています。
※GE日立・ニュクリアエナジー(GEH)社とテラパワー社が共同で開発
米ワイオミング州の石炭火力発電所跡地で実証炉建設を行うことを州知事と合意しています。
◆Mirion Technologies
企業名: Mirion Technologies
HP: https://www.mirion.com/
設立年: 2005年
創業者:Thomas Logan
本拠地: カリフォルニア州
累計資金調達額: SPAC上場済み
少し変わり種ですが、Mirion Technologiesについてもご紹介します。
50年以上にわたって事業を展開しており、放射線検出と保護を専門とする世界的リーディング企業であり、既にスタートアップとは呼びづらいかもしれません。
しかし、2021年にSPAC上場したことから注目べき企業として取り上げました。
Mirion Technologiesの放射線測定技術があるからこそ、原子炉の開発・運営が安全にできるといえます。
他にも原子力関連のスタートアップが次々と現れています。
「カーボンニュートラル」という世界的大号令がかかった今、今後ますますの資金と才能の流入が見込まれます。
扱い方一つで、人類を滅ぼす可能性もある原子力テクノロジー。
果たして、人類の未来に資するものとして我々はコントロールしていけるのでしょうか。