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宗教スタートアップ – 宗教へのテクノロジーの活用

2022.2.7

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本文:三浦 輝(@hkr_miura)


実に、世界の8割の人が何らかの宗教に所属しているといいます。

宗教は古代メソポタミア文明やインダス文明の時代には既に人類に深く根付いていたとされ、現在に至るまで宗教が社会に影響を与えなかった時代はありません。

「無宗教」と言われることが多い現代日本人でさえ、宗教的思想とは全くの無縁ではありません。例えば私たちは、先祖を敬い、「いただきます」と食事に感謝し、「豚に真珠」「砂上の楼閣」「目から鱗」「働かざる者食うべからず」など聖書由来の言葉を多く使っています。

結婚式は教会で行い、一方で葬式は寺で行うことも珍しくはないでしょう。

むしろ、日本人は様々な宗教に影響された雑多な宗教社会を築いていると説明されることもあります。

しかし、そんな宗教もコロナによって大きな影響を受けました。多くの集会活動は制限され、またワクチンの接種やマスクの着用は度々抗議の運動を引き起こしました。

そんな中、2021年に注目を集めたのが「宗教 x テクノロジー」の領域です。

常に巨大な人口規模を保持し、私たち人類に大きな影響を与え続ける「宗教」。

この記事では、宗教をテクノロジーの力によって新たなステージへと導くスタートアップについて紹介していきます。

※できる限り一般的・客観的な内容になるように努めましたが、この記事の内容に関して宗教的観点から何か誤りがあれば申し訳ございません。もしお気づきの点がありましたらご指摘頂けますと幸いです。

目次

01 宗教
02 宗教 x テクノロジー
03 宗教関連領域のスタートアップ
04 日本での展開

01 宗教

冒頭に述べたように、現在世界人口の約8割が何らかの宗派に所属していると言われています。

世界人口の宗教構成

Pew Research Centerが2015年に行った調査によると(上図)、キリスト教(約23億人)、イスラム教(約18億人)、ヒンドゥー教(約11億人)の3つの宗教だけで世界人口のおよそ7割(約52億人)を占めます。

さらに、特定の宗教に属する人口は今後も増加を続けていくことが予測されています。

特にムスリム(イスラム教徒)の増加は著しく、2015年から2060年の間にムスリムの数は約70%増加すると予測されています。

宗教は遥か紀元前から私たち人類と共にあり、現在も尚その影響力を維持・拡大しています。

ビジネスの側面から見ると、宗教はその人口規模と成長率から「世界最大規模の成長市場」と表すこともできそうです。

しかしこのパンデミックの時代において、宗教のあり方も変化することを余儀なくされています。

感染対策のために集会や巡礼は制限され、マスクの着用やワクチンの接種は人々の宗教観を大きく揺さぶりました。

コロナ禍のメッカ
<画像出典>NDTV, Striking Pics Show A Socially-Distanced Hajj In The Shadow Of The Coronavirus Pandemic

パンデミック以前のメッカ(左)とパンデミック下のメッカ(右)

また宗教活動に制限が課された一方で、パンデミックによって人々の信仰心が強化されたという調査も報告されています。

一人で物事を考える時間が増えたことや、人々が互いの繋がりを深めたいと考えるようになったことが影響しているのかもしれません。

このような背景の中で注目されているのが、今回の記事で紹介する「宗教 x テクノロジー」の領域です。

パンデミックの中、ソーシャルディスタンスを保ちながら宗教活動を行うことをサポートするサービスなどは、2021年に大きな注目を集めたサービスの1つとなりました。

以後、領域に関しての簡単な説明の後、注目のスタートアップについて紹介していきます。

02 宗教 x テクノロジー

「宗教 x テクノロジー」は、宗教活動をテクノロジーの力によってサポートしていく取り組みを指します。

この記事では「宗教 x テクノロジー」領域を広く定義し、祈りや礼拝などの日々の信仰活動を補助するものから企業向けにイスラム金融のサービスを提供するものまで幅広く見ていきたいと思います。

ここでは、テクノロジーを活用して宗教活動をサポートするIT系スタートアップを「日常の宗教活動」に関わるもの、「教義の学習・実践」に関わるもの、「コミュニティ」に関わるもの、「教会・寺社等の運営」に関わるものの4つの区分に分類してご紹介します。

※便宜上、各宗派に関わる事業をまとめて分類しています。
※区分はMECEでなく、「日常の宗教活動をサポートしつつ、宗教を学習することができる」ようなサービスも存在しています。

宗教関連のスタートアップの分類

「日常の宗教活動」に分類される企業は、日常的な祈りや礼拝、そして寄付や瞑想に至るまで幅広く日常の宗教活動をサポートします。
「教義の学習・実践」を担う企業は、経典の学習の提供や忌避事項の順守のサポートを行います。
「コミュニティ」に分類した企業は、情報メディアの運営や特定の宗教徒を対象にしたSNSやデーティングサービスの運営を行っています。
「教会・寺社等の運営」の企業は、教会や寺社の業務効率化・デジタル化をサポートしています。

特に、2021年には集会等による宗教活動が制限された背景から「日常の宗教活動」をサポートする宗教系のアプリに注目が集まりました。

Wall Street Journalは、宗教系アプリが2021年の1年間で1億7500万ドル以上の投資を集めたことを報じています。

中でも、キリスト教徒の日常の礼拝や瞑想をサポートするGlorifyやHallowは巨額の資金調達を行って注目を集めました。

コロナ禍をきっかけに大きな注目を浴びた「宗教 x テクノロジー」の分野ですが、宗教人口が今後も増え続ける中で、更なる注目と進化を避けることはできないでしょう。

また、ムスリムの人口増加によりイスラム教が存在感を増していく今後、例えばイスラム金融への理解やアクセシビリティは重要になってきそうです。

人々のコミュニティが再び重視されるようになる世界では、教会や寺社の運営もさらに注目されてくるかもしれません。

宗教活動がテクノロジーによってサポートされていく潮流は今後も確かに続いていくことでしょう。

次項では、宗教関連スタートアップの各領域からいくつかの企業を取り上げて簡単に紹介致します。

03 宗教関連領域のスタートアップ

ここでは、宗教関連の各領域のスタートアップを簡単に紹介していきます。

日常の宗教活動

GlorifyとAppsforBharatの紹介

「日常の宗教活動」に関わる宗教テックスタートアップとして、GlorifyAppsforBharatを紹介します。

Glorifyは2020年にロンドンで設立されたキリスト教徒向けのアプリです。Glorifyは、宗派を問わずに聖書の言葉やキリスト教の音楽のついたガイド付き瞑想のサービスを提供しています。

さらに、ユーザーは日々の祈りを記録したり、自分なりの祈りのリストを作成することもできます。気に入った聖句や音楽は気軽にシェアできるようにすることで、ユーザー同士のコミュニティが生まれるよう設計されています。

また、Glorifyは個人向けのサービスだけでなく、企業や教会向けのサービスも展開しています。企業はGlorifyを社員のメンタルヘルスを高めることなどに活用でき、教会はコミュニティの宗教活動の一助としてGlorifyを利用することができます。

フリーミアムのサブスクリプションで成長を続けてきたGlorifyは、Softbank Latin America VenturesAndreessen HorowitzK5 Globalなどから4000万ドルのシリーズAの資金調達を成功させました。

弱冠22歳にして連続起業家である共同創業者のEd Beccle氏はTechcrunchのインタビューに対して、Glorifyのユーザーのコミュニティをさらに有意義で結束したものにしたいと語っています。

「キリスト教徒向けのTinder」のようなデーティング機能にも関心を寄せる彼のもと、Glorifyが日々の信仰活動を今後どのような形でサポートしていくのか、注目が必要です。

AppsforBharatはインドで宗教やスピリチュアル関連のアプリを開発するスタートアップです。

“to assist a billion Indians in their spiritual and devotional journeys”をミッションとする同社は、主に宗教的活動のデジタル化によって人々の信仰活動をサポートしています。

AppsforBharatの最初のアプリであるSri Mandirでは、オンラインでの集会や様々な文献・ヒンドゥー文学へのアクセス、占い師や宗教家への相談等をサービスとして提供しています。

Seqoia Capital IndiaやTiger GlobalのScott Shleifer、DST GlobalのSaurabh Guptaなどが投資家として名を連ねるAppsforbharatは、今後様々なアプリを開発しインド人の精神生活をオンラインからサポートしていきます。

約440億ドルの規模を持ち今後5年間でCAGR10%の成長を続けるとされるインドの宗教・スピリチュアル市場で、Appsforbharatの開発するアプリの存在感はますます高まってきそうです。

教義の学習・実践

「教義の学習・実践」の区分には、シャリーアに基づくビジネスを展開するイスラム金融の企業やハラール商品を取り扱う企業を含めました。

ここでは、ムスリム向けにソーシャルコマースプラットフォームを展開するEvermosについて紹介します。

Evermosの紹介

Evermosは、ハラール商品を取り扱うソーシャルコマースプラットフォームです。

Evermosは20万人を超える「リセラー (Reseller)」と呼ばれるユーザーを抱えています。

リセラーは、Evermosが提携するブランドのハラール商品を販売して収益を得ることができます。
この際、リセラーは販売する商品を購入する必要はなく、WhatsappやFacebook、Instagram等を通してEvermosの商品を家族や友人に売り込むことができます。
在庫を抱える必要も物流を構築する必要もなく、リセラーはEvermosで自分のビジネスを始めることができるのです。

リセラーの中には、既にEvermosだけで月200ドル(インドネシアの平均月収)を稼ぐ人も出てきているそう。

Evermosは、このソーシャルコマースの仕組みによってリセラー個人の収入の増加出品するブランドの成長を両立させています。

またEvermosは、リセラー向けのビジネストレーニングの提供や紹介料付きのリセラー招待制度の導入によってリセラーの数をさらに増やす施策を展開しています。
Evermosのプラットフォームの拡大には出品ブランド・リセラー・消費者の三者の層の拡大が不可欠になりますが、Evermosは既に適切な施策によって三者をバランスよく獲得できているように思われます。

国民の90%がムスリムであるインドネシアで、ハラール商品の重要性は明らかです。

イスラム教や人々のコミュニティなどのインドネシアの文化的特徴を抑え、Facebookなどの既存のインフラを効果的に活用したビジネスを展開するEvermos。シャリーア適格な旅行業や金融業への進出にも関心を寄せるEvermosの今後の展開に注目です。

コミュニティ

muzmatchの紹介

Muzmatchムスリム向けのデーティングアプリです。

世界中のムスリムが「互いの宗教的信条を尊重し合える完璧なパートナー」を見つけることをサポートするために開発されました。

世界190カ国でサービスを展開するMuzmatchは、400万人のユーザーを抱え既に10万件の結婚を成立させています。

Muzmatchはチャットやビデオ通話といったデーティングアプリとしての基本的な機能に加え、普段の服装の華美さや祈りの頻度、民族など独自のフィルタリング機能を備えています。

Muzmatchの投資家には、Y-combinatorやLuxorCapitalが名を連ねます。

急速にムスリムの人口が増加し続ける中で、ムスリムに特化したデーティングサービスを提供するMuzmatchの果たす役割は重要性を増していくでしょう。

教会・寺社等の運営

tithe.lyの紹介

Tithe.lyは、キリスト教の教会の運営に関わる様々な側面をテクノロジーを用いてサポートします。

まず、Tithe.lyは教会への寄付をデジタル化するサービスを展開します。

Tithe.lyを利用する教会では、教会に所属する人々はTithe.lyの提供するアプリwebサイトチャットサービスなど様々な手段を用いて手軽に教会への寄付を行うことができます。
月ごとに自動で一定額を寄付することもでき、寄付に係る手間を軽減しています。
さらに教会側へのサポートとして、集めた寄付の管理や寄付者の名簿の管理、レポートの作成などを自動で行います。

他にもTithe.lyは、
・教会がコミュニティに所属する人々とテキストメッセージで交流できるサービス
・教会向けのアプリ・webサイト構築サービス
・イベントの運営支援サービス
・教会がチケットや商品の販売をキャッシュレスで行うための決済サービス
などによって教会の活動を包括的にサポートしています。

料金設定として、寄付のデジタル化サービスなど一部の機能は無料で提供し、他のサービスはそれぞれ有料で提供しています。また全てのサービスを利用できるプランも用意し、機能ごとに試しながら導入を進められる設計を行っています。

Tithe.lyは現在アメリカやカナダ、日本やシンガポールも含めた8ヵ国で事業を展開しています。パンデミックによって通常の教会活動が制限される中、様々な側面から教会のDXを支援するTithe.lyはさらに教会に頼られるサービスになっていくように思われます。

04 日本での展開

ここまで、海外における宗教関連のスタートアップを概観してきました。

記事の最後に、日本における宗教テックについて考えていきたいと思います。

神社や仏教寺が全国に広がり、しかし特定の宗教観を持たない人も多い日本。NHKの調査によると、日常的に宗教を信仰している日本人は約65%程度であると報告されています。また、日本の宗教の信者数は年々減少傾向にあるとも言われています。

そんな日本においても、今後宗教関連のテクノロジーは重要性を増してくるのでしょうか。

あくまで予想になりますが、一定程度重要になってくるのではないかと考えています。

背景としては、
・技能実習生の受け入れの増加に伴って、日本において特定の宗教を信奉する割合が変化すること
・難民申請者も増加し続ける中で、様々な宗教観が日本に流入すること
・コロナ禍が引き続く中で、情勢への不安やワクチン接種の論争が宗教の存在感を高めること

などが考えられます。

いずれにせよ、多くの日本人にとって馴染みの薄い宗教が、現代の世界で大きな存在感を示していることは確かな事実です。

特定の宗教観を持たない人にとっても、宗教に関しての理解を深めその流れに気を配っていくことは、今後ますます重要になるように思われます。


<参考資料>

NDTV, Striking Pics Show A Socially-Distanced Hajj In The Shadow Of The Coronavirus Pandemic
Pew Research Center, The Changing Global Religious Landscape
Pew Research Center, More Americans Than People in Other Advanced Economies Say COVID-19 Has Strengthened Religious Faith
Wall Street Journal, Religion Apps Attract Wave of Venture Investment
Glorify
Techcrunch, Glorify, an ambitious app for Christians, just landed $40 million in Series A funding led by a16z
AppsforBharat
Inc42, Spiritual Tech Startup AppsForBharat Raises $10 Mn in Series A Funding
Evermos
Techcrunch, Indonesian halal-focused social commerce startup Evermos lands $30M Series B
Cision, Indonesia’s Leading Social Commerce Startup, Evermos, Secures US$8.25m in Series A Funding
Muzmatch
Tithe.ly
NHK, 日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか。

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