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ゲーミフィケーションは悪なのか?

2021.6.9

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著者: たかはしゆうじ( @jyouj__ )



この世界のあらゆる行動がゲーム化しています。投資初心者でも簡単に投資を始められる「Robinhood」。右スワイプ操作で暇つぶし感覚に相手と出会える「Tinder」。「Amazon」は倉庫労働にゲーム的要素を取り入れて、従業員のモチベーションを上げていこうと取り組んでいます。

これらは“ゲーミフィケーション”と呼ばれるアイデアが使われています。ゲーミフィケーションとはゲームデザイン要素やゲームのルールをゲーム以外の物事に応用することです。これによって、操作性とUXの良いプロダクトや生産性が高く、従業員のモチベーションの高い組織を構築することができると言われています。

ゲーミフィケーションは我々の生活の中にあまりにも馴染みすぎています。上にあげた労働、恋愛、投資だけでなく、買い物やSNS、教育といった多岐にわたって見出すことができます。それほどユーザーや従業員を虜にするメリットが大きいのです。


しかし、ゲーミフィケーションが日常のあらゆる場所に使われ、この世界そのものがゲーム化しているということは、はたして本当に良いことなのでしょうか?我々の行動をゲームとして捉えることによって起こる問題点を考えてみます

問題点① 管理者に都合良く誘導される危険性
問題点② 複雑な事象を隠す危険性


問題点① 管理者に都合良く誘導される危険性

ゲーミフィケーションを取り入れたシステムだと、ミッションをクリアしたら報酬が手に入る仕組みになっているものが多いと思います。報酬にはポイントやスコアやレーティングの上昇などが含まれます。これらをさらに獲得するためにまたミッションに挑みます。

この仕組みを取り入れることで、企業組織だと、より従業員が真剣に仕事に取り組み、組織としての生産性が上がる効果が期待されます。例えば、ウォルマートは配送センターにゲーミフィケーションを取り入れたところ、事故が54%ほど減少し、士気が高まったと報告しています。


ただし、ゲーミフィケーションは実のところ組織を運営するものにとってのメリットの方が大きいのです。もちろん従業員にとっても仕事に精が出ることや理解しやすいというメリットもあるでしょう。しかし、重要なのは従業員が“長期的な視点に立てず、短期的な目標を追い求めがちになる”という危険性を孕んでいるということです。

ミッションをクリアしてどんどん仕事をこなす、あるいは評価を得るというのは主体的に労働しているように見えて、組織の描いたシナリオ通りに動いています。スコアを上げるため、短期的な結果に一喜一憂して、将来的に自分がどうなりたいのか、という意識を忘れがちになってしまいますミッションに関係のないことには目が向かなくなっていくのです。

Amazonは倉庫の仕事をゲームにした | TechCrunch Japan
Amazon倉庫(techcrunchより)

ゲーミフィケーションによって、組織は従業員の身体を前時代ではあり得ないレベルで管理できるようになりました。例えば、スコアなどで結果を可視化することができるので、他人に対する優越感を煽り、従業員を狭い檻の中で競争させることができます。その一方で、従業員自身は主体性を持って闘っているように錯覚するでしょう。あなたの上司はモニターでそれを見て、缶コーヒーを飲みながらほくそ笑んでいるかもしません。さながら、ミシェル・フーコーの”監視社会”です。

これはアプリやWebサービスでも同じです。ユーザーに短期的な利益を与え、運営者にとっては長期的な利益が得られるようにサービスを設計しています。SNSにおける承認欲求(いいねやコメント)の獲得や買い物アプリのクーポンなどがその代表例でしょう。ユーザーの行動を運営者の都合の良いように誘導できるのです。


ゲーミフィケーションにおける”目標に焦点を当てる”ことは最たるメリットでしょう。しかし、それによってミッションとは関係のないことへ意識が向かなくなり、疑いなくただ単に支配者にとって都合の良い”偽”のミッションをクリアしていくだけになるかもしれません。自分が本当はどうありたいのかを見失わないで行動することが大切になってきます。


問題点② 複雑な事象を隠す危険性

2020年6月、Alexander Kearnさんは自殺しました。Robinhoodを通じて行った株取引で約7600万円もの損害を被ったからです。遺書には以下のようなことが書かれていたようです。

「収入の無い20歳の人間に、どうしてほぼ100万ドル相当のレバレッジを供与できるのか? これほどのリスクを背負うつもりはなかった」

20歳の株取引アプリユーザーの自殺、暗号資産取引所の投資家保護は万全か? | coindesk JAPAN | コインデスク・ジャパン
Robinhood(coindesk Japanより)


ゲーミフィケーションはとにかく物事をわかりやすくしてくれます。それ自体は決して悪いことではありません。難解な数学の方程式を一目で理解できるようになるなら、革新的です。Robinhoodはそれを株取引に用いました。初心者でも楽しく、ボタン数タップで簡単にできるようにUI/UXが組まれました。

しかし、金融商品や金融市場は簡易的なものではありません。むしろ複雑なものです。ゲーム感覚で取引を行えるほど甘いものではないのです。結果として、自殺という悲劇が引き起こされました。


金融だけではありません。我々の日常および行動は複雑ですゲーミフィケーションは”複雑”な事象を”簡単”に見せているにすぎません。シンプルにするためには枝葉を切り落とさなければなりません。しかし、その枝葉にこそ見落としてはいけないものが隠れています。世界は多面的なのです。

SNSの例を見てみましょう。フォロワー数やいいね数は一種のスコアです。「フォロワー数の多い人はすごい!」、と。これは思考停止して世界を単純化してみているにすぎません。フォロワー数の多い人は何らかの権威なのでしょうか?果たして信頼できるのでしょうか?あくまで彼らはSNSというゲームにおいての勝者です。


ゲーミフィケーションは世界をわかりやすく表し、体験させてくれます。しかし、それによって複雑性を有する事象を考える力が衰えてしまいます。物事の本質はどこにあるのか?背後にリスクはないのか?絶えず思考していくことが重要となってきます。




ゲーミフィケーションにはやはり多くのメリットがあります。そして、それは今までよりも楽しく簡単にあらゆる「世界」を体験できるようにしてくれました。しかし、物事には善悪両面あるものです。思わぬ落とし穴に引っかからないように、リターンとリスクをそれぞれ意識していきましょう。


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