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SEALsはスタートアップ投資の主流になり得るのか?

2021.9.14

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著者: たかはしゆうじ( @jyouj__ )



スタートアップに対する資金調達環境は以前と比べるとかなり整ってきました。情報の非対称性の改善やVCをはじめとする投資家や資金の貸し手が増えるにつれ、多くの有望なスタートアップに資金が行き渡るようになりました。一方で、収益性が確実視できなかったり、スケーラビリティが望めなかったりするスタートアップにとってはいまだに資金を得る方法が限られているのが現状です。

そのような状況下の中、米国で密かに注目を集めているスタートアップへの投資手法があります。“SEALs”(shared-earning agreements)です。直訳すると「収益を分配する契約」です。Earnest Capitalが考案したもので、同社ではこの仕組みを使ってすでに何件か取引を行ったと示唆しています。


“SEALs”の仕組みは一件すると普通のエクイティファイナンスに見えます。しかし、従来のものと違うのはスタートアップ側が条件を満たした時、ほとんどの株式を買い取ることができる点です。

この方法では投資した金額のたいてい2~5倍ほどにリターンキャップが設けられ、投資家側は企業が利益を出している間、この上限に達するまで利益の分配を受けることができます。そして、企業側は上限以上のリターンを投資家側に与える必要がなく、通常、放出した株式の2/3を取り戻すことができます。

例で見ていきましょう。”ANOBAKA SEALs Fund”(もちろん仮名)がA社に3倍のリターンキャップを設定し、1,000万円出資し、9%の株式を取得したとします(実を言うと、その権利なだけで正式な株式ではない)。A社は業績を伸ばし、ANOBAKA SEALs Fundに3,000万円の収益の分配を行えたとします。この時、A社はこれ以上のリターンをANOBAKA SEALs Fund側に出す必要もないし、6%分の株式を自分たちの元に戻すことができます。

この投資では、その後もVC側からの支援を受けることができます。投資家側に残った1/3の株式持分はエクイティとしての契約に変換することもできます。つまり、投資家側には一定程度の利益を確定しながら、追加のキャピタルゲインを手に入れられる可能性を残しているのです


SEALsは上で見てきたことから推測されるようにスタートアップ側にも投資家側にも大きなメリットがあるのです。

スタートアップ側へのメリットとして大きいのは経営の自由さの確保でしょう。上場や売却の前から投資家側に利益を出すことができるので、必ずしもExitする必要はありません。また、厳密に述べるとSEALsは株式を発行しているわけではないので(将来的に変換できる権利を与えてはいるが)、優先議決権や取締役ポストの提供も関係ありません。さらに、デットとは違い、利益が出たタイミングでリターンを出せばいいというのもポイントです。

投資家側のメリットとしては、先行きの不透明なシード投資において一定程度の利益を確定することができる点です。そして、うまくいけばさらに莫大なキャピタルゲインを獲得できます。また、Exitを必ずしも要求する必要がなくなるため、より裾野を広くしてスタートアップに投資することができるようになります。


しかし、デメリットも存在します。投資家側に存在するデメリットとしては正式な株式ではないため含み益など税制上の問題がどうなるかです。また、通常のエクイティファイナンスであれば巨額の利益が出る可能性もあるため、LPがこの投資方法に納得してくれるのかという点も懸念点となります。

企業側にも落とし穴があります。もし、収益に達成していないが、成長は早く、新規の投資家が巨額の評価額での出資を検討してきた場合どうなるでしょうか?初期にSEALsで投資を行なっていた投資家もエクイティに変換するでしょう。しかし、SEALsでは一株あたりに支払う必要のある価格に上限を定めています。つまり、投資家側はSEALsで投資した際の評価上限でリターンキャップを株式に転換できてしまうのです。想定外の規模の株式を握られてしまう可能性があります。これでは新規に投資したいと申し出る投資家は現れないでしょう。

もちろん、この企業側のデメリットは最初の契約によっては起こり得ないこともあるでしょう(売却時や次の資金調達ラウンドでの評価額に応じたエクイティ転換にする、など)。

ビジネスモデルとして、赤字を積み上げて規模を拡大するUberのようなスタートアップは上の状況に陥る可能性が高く、SEALsに向いていないでしょう。SEALsが向いているのは初期投資のみ必要でその後は黒字化が早期に予想されるビジネスです。


SEALsはまだ登場して日が浅い投資手法です。両者にとってWin-Winな側面もあれば、両者にとってLose-Loseな側面も見え隠れしているかもしれません。現在はまだEarnest Capitalを含むわずかしか事例がありません。ただし、改良次第では、スタートアップにとっての調達環境を激変し得るポテンシャルを持っていると思います。

SEALsについてぜひみなさんのご意見をお聞きたいと思っています。
(もし、SEALsについての解釈および記述について間違っているところがあればDMやお問い合わせなどでご指摘いただけると幸いです。)


参考


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