シードからスケールしていった時の成功要因
萩谷: そうですね、確かにいろんな投資先からも投資委員会のことは苦情が来まくってるんで、改善しようと思ってちょっと変わってきてはいます(笑)
この3社の共通点としては、物流・建設・医療と皆さんその業界をご経験されてきて、その業界の解像度が高いということとシード期で我々が出資させてもらった時って、まだプロダクトがない。助太刀はなかったですし、ネクイノはLINEでちょこっとだけやっていたと。PickGoなんて「軽town」という二人ぐらいでやっていたものでした。
シードで出資を受け、スムーズに事業立ち上がっていったなと各社とも思っていて、シードからシリーズA、Bにスケールしていった時の成功要因、この辺りが良かったなという部分をお話伺っていければなと思っています。では、松本さんからお願いします。
「やり尽くすこととポリシーを曲げないこと」
松本: 一つは全てにおいてやり尽くすというところを徹底してやれたところかなと思っていて。私の性格でもあるんですけど、それが全てに繋がる。
というのもこの物流との出会いは今の妻が作ってくれたんですね。妻のお父さんがやっていて、それを助けたから今があるんです。その妻との出会いもやり尽くした結果で(妻と)付き合えたんですけど(笑)。
国交相って結構体育会系だったんですけど、先輩が「松本、スポーツジム行くぞ。足になれ」と言われて、ドライバーとして先輩とジムに行き始めました。そしたら先輩に「あの子かわいいから仲良くなっとけ」と言われ、実際にそれをあの手この手でやり尽くました。ほんとに仲良くなるために色々挑戦した結果、お付き合いできて結婚できて義父に出会えて、というストーリーがあります。
創業の背景の入り口ではあるんですけど、要所要所会社のイベントを振り返ると、全てやり尽くした結果でアライアンスができたり、調達ができたりというところがあるのかなと思います。
二つ目はポリシーを曲げなかったこと。マッチングプラットフォームは最初ニワトリかタマゴなんですよね。とてもきついんです。荷主さん集めて物流業界からオーダー来るんですけど、車がいませんと。我々のポリシーは実務をするドライバーさんの価値をあげることなので、多重下請け構造を使わないという徹底したポリシーがあります。
最初の方は本当にもう従業員が泣いて「松本さんお願いだからあの運送会社使わせて」みたいなお話があったんですけど、それはもう鬼の心で「ごめん。それはダメだ」っていうのをずっと貫いたっていうのが一つ成功要因だなと思いますね。
萩谷: 確かにそうですね。本当に物流の多重構造ってドライバーの数が足りないっていうところですね。僕も検討させてもらっている時期、松本さんとご飯時にずっと松本さんに「ドライバーが足りない」!と電話かかって来ててね。
本当に人手不足だし、アナログなんだなっていうのは感じていた。その多重構造をなくすっていう場面で、多重構造ぽいマッチングをしてしまうとCBcloudのコンセプトとしては違うかなと。実際そうやった方が売り上げはすぐに上がるかもですけど。そういうことですよね?
松本: そういうことです。まあそこは本当に曲げなかったですね。
我妻: 松本さんのその電話の話はよく聞いたかもしれない。萩谷さんからすごい人がいるって。
松本: ほんとですか(笑)。
萩谷: そうですね。ありがとうございます。アライアンスのところとか荷主集めてドライバー集めたりとやって行く中でシード期で一番大変だったことってなんですか?人数も二人とかだったでしたしそのあたりどうですか?
松本: やっぱり最初ドライバーさんがいなかったので、僕らが運転するとか普通にありました。あとは、どうしても人が使うビジネスなので、大変なんですよね。間違って配送しちゃったりとか。少ない人数の中でそれをみんなでリカバリーしに行ったりとか。
プラットフォームのエンジンをかけるところはすごい大変だったなあと今でも思います。
萩谷: なるほど。どれくらいのサイズまでいったら、しっかりサイクル回ってきたなと思いましたか?
松本: それこそドライバーさんが今2万名ですけど、1,000名まで来た時にはある程度自動でマッチングするようになってきていて。やはりニワトリとタマゴで、荷主さんとドライバーさんのバランスがちゃんと釣り合ってきた時ですね。
萩谷: ありがとうございます。では助太刀の我妻さんも振り返ってみてシード期を受け、そこから成長をうまくできたかなと思うところとか教えてもらっていいですか?
「スタートアップ村の三つの常識を壊した」
我妻: うちは常識に囚われないっていうのがうまくいったかなというのがあって。僕もともと電気会社、建設会社の社長を10年くらいやってたわけですよね。だからITとかスタートアップとか初めての業界で入ってきて誰も知り合いにいなくて。
我妻: ただスタートアップ村入ってみて思ったのは意外に制約が多いなって思いましたね。例えば、僕は三つの常識を壊したって自分でよく冗談半分で言っているんですけど。
例えばスタートアップはリソースがないから二個以上事業をやってはいけない。。でもうちはめちゃくちゃやってるじゃないですか。
あと、スタートアップが1億円以上の予算でテレビCMやっても絶対失敗するから絶対打ってはいけないっていう話が結構あったんですよね。
3つ目がスタートアップはオフショアで開発をしてはいけない。何がなんでもエンジニアは内製化しなければいけない。
この三つをみんなやたら言うんですよね。僕からしてみれば、セブン銀行とせっかくアライアンス組めて、うまくいけば半年後にセブンATMとAPI連携できるタイミングなのに、今からエンジニアを1000万円で他企業と札束叩き合って10人集められないでしょ。じゃあオフショア使った方が全然いいでしょってことで、すんなりオフショアを使いました。
テレビCMも散々言われましたけど大成功しましたし。事業も2つ以上やってはいけないと言いますけど、助太刀あんしん払いというファクタリング事業があって、それで安心してお金が貰えるからということで、はじめてマッチングしやすくなるんですよ。実は事業上のシナジーもたくさんあって、結果すごいうまくいったんですよね。
スタートアップ村の常識みたいなところに影響されていたらうまくいってなかったと思ってますね。
そういうこと言っていると、助太刀は再現性ないとか言われることあるんですけど、最近はそれを褒め言葉だと思って認識していますね。
萩谷: 助太刀に関しては本当そうですね。最初スタートアップって小さく回していく、よくいう話、MVP作って課題見つけてやっていこうっていうところがあるんですけど、助太刀の場合は一気に良いアプリを作って、一気にマーケ踏んで、職人さんのコミュニティを作ってましたね。
だから最初はちょっと大丈夫かな……と思っていたんですけど、本当にその通りにうまくいったというか。もちろん少し心配なとこもありましたが(笑)
我妻: 知り合いから最初助太刀使わせろという風に言うじゃないですか。僕サブコンで働いてて、工事会社やってたので200人くらいならユーザー最初集められたんですよね。
それを一切やらなかったんですよね。それやってしまったら、200人集めるノウハウ貯まらないじゃないですか。そういうところもなんか反抗的というか(笑)。萩谷さんに心配かけたかもしれないですね(笑)。
萩谷: いやそんなこと思ってないですよ!(笑)。
我妻: 大丈夫かなと思っただけ?
萩谷: そうですね、うーん。ただちょっと言ったことありますね。リテンション大丈夫ですか?とか色々ね。でもそういう議論の末、進んでいって形にしてきたというのもあるし。
やっぱり事業構想力であったり、外部との提携力であったりがすごいなというのが我妻さん見ていて思っていて。
僕はセブン銀行さんのピッチを聞いてそこからあの当日払いのスキームを作り始めたというのが非常に印象に残っていて、事業会社さんとの進め方のポイントとかそういうところあれば教えてもらいたいです。
我妻: おっしゃる通りで、うちは大企業の方とかなり組ませていただいているんですよね。彼らにハードとかロジスティック、倉庫、在庫とかの面で提携してもらって、お金、ソフト、アプリ、ユーザーは僕らが持つということで事業を大きくしていったんですよね。
セブン銀行さんのインパクトがさっき話ありましたけど、15人くらいの小さなイベントで「我妻さん喋ってください」って言われて、助太刀のピッチをした。たまたま当時のセブン銀行常務がいらっしゃって、夜電話かかってきて、1週間後くらいに役員3人連れてきてて。そこから半年でリリースというものすごいスピードだったんですよね。
そういうことが起きるっていうのはやっぱり選んだビジネスモデルとか掲げているビジョン・ミッションみたいなのが、理解しやすいものだったからなんですよね。
建設業出身じゃなくても、建設業は国にとっては大事な産業というのはみんなだいたい分かるじゃないですか。しかもでかい。絶対遅れている。この三拍子が揃っている。一緒に組んだらまあ良くなるだろうと。
萩谷: なるほどなるほど。
我妻: 建設業のない国はない。そういう領域を選んだのはよかったかなと思います。
萩谷: 選んだところが良くても、その実現しようとする未来というかその見せ方というかそこらへんやはり大事なんでしょうか。
我妻: 相手の力もありますよ。例えばあんしん払いというのはもともとはATMとAPI連携するものなので、僕のような電気工事屋の社長が分かるわけないじゃないですか。申請したらすぐに振り込むっていうのをやったんですよ。
セブン銀行は24時間振り込めるんだけど、相手の〇〇銀行は月曜日になっちゃうみたいな時がある。これじゃ意味ないよねっていうときに向こうの人が「実は新しいこういうサービス始めるから」って。「第一弾でAPI連携したら、これで(お金を)下ろせるぞ」と言われて、「あっ、ぜひ!」みたいな。
萩谷: 向こうの担当者の方の提案だったんですね。
我妻: 彼らが拡げてくれたのはありますね。
我妻: 最初からそこまで僕は考えていたわけではないんですよ。
萩谷: そこは話しながら決めていったと。
我妻: 拡がっていった感じですね。巻き込むことが大事ですね。
「シード期、実は大失敗」
萩谷: ありがとうございます。では、石井さんお願いします。
石井: 3番目なのでたぶんオチ枠なんですけど(笑)。
うちは実はシード期大失敗しているんですよ。当時を振り返ると、なんちゃってMBAが集まって作った会社で理屈は分かっているんですけど、インターネットビジネスやる上の土壌が全然なくてね。ね、萩谷さん?
萩谷: そうですね(笑)。IT用語とかもまだそんなにその頃は分からずみたいな。
石井: 本当に資金調達した当日を振り返ってたんですよ。この1週間ね。この話いただいてたんで。CPCという言葉知らなかったんですよ。CPA分かんない、LTVってなんだ?みたいな。
我妻: 僕もKPIという単語分かんなかったです。
石井: まさにそういう世界で。でも、こういう領域に突っ込んでいくんだぞという形で最初入っていって。ユニットエコノミクスすらもちろん分かるわけない。広告宣伝費をどうやって突っ込むんですか。100万円使いますみたいな回答をして言いました。実はそういうところが一番最初で。
石井: 今行っている領域はもともと実は事業開発創業期からこの領域やるって決めてたんですね。当時集まったメンバーが男性しかいなかったので、このオンライン診察というビジネスモデルと女性向けのマーケティングを同時に両立できなかったんですよ。なので最初は自分たちで気持ちが分かるから男性向けのサービスから始めてたんですよね。
そこの時は正直今と比べると1/100とか1/10,000くらいしかトラクション出なくて。一方で診察室の中で動いているアナログの作業をデジタル化するときに、白衣を着ているとこっちが大事だよねと思っていたことよりもオンラインの上に来るとこっちの方が大事なんだよねってことが分かったんで、延長戦やらせてくださいって言って、2回目のファイナンスをやった。プレシリーズAとか今だったらシード延長戦?みたいな形のファイナンスをやらせていただいて、スマルナというのが立ち上がった。
なので実は一発目、うちは全然ユーザー獲得しておらず、サービスも立ち上がらず。だけど、何をやったらうまくいかないのかだけが分かったっていうところが2発目に加速できる大きなエネルギーになってたんじゃないかなっていうふうに思っています。
萩谷: 確かにそうですね。オンライン診療が盛り上がり始めたフェーズだった中でどの疾患が本当に刺さるのかをスピーディーに検証していったところですよね。
石井: あの頃って、うち保険診療使わないんですね。自由診療でやっているんですけど。うち以外のプレーヤーって全員保険診療なんですよ。そこの中で、自由診療のマーケットってそもそも何か、とか投資家への説明もすごく大変だし、一生懸命作ったピッチブックを眉毛寄せながら見られるし。
そういう風な中で、資金調達しながら本当になんとか延長線上戦えたっていうところが今思うと成功の要素だったんだなと思います。
萩谷: なるほど。あのフェーズ、シードからプレシリーズAのファイナンスのところ振り返ってみて、逆にもっとこうした方がよかったなみたいな部分とかなにかあったりします?
石井: 僕ら物流・建設・医療じゃないですか。業界の専門知識が必要なところとそうじゃないところってあるんですよね。振り返ると、僕ら業界の専門家なんです、最初のチーム。だから、逆にDXから遠かったんですね。今考えると。
なので、もしシード期立ち上げるときは異物が入ったほうが成功するんだろうなと思っていて。当時からインターネットマーケティングやっていた人間とか。そういう風な人間を早くチームの中に入れているともっと加速したんじゃないかっていうのは今思います。